2024年6月4日火曜日

ミソフォニアとふつうの相談

ある日の外来 (※症例は修正や加筆を加えてあります)


午前中の初診外来をしていると20代後半の女性が、

「人の発する音が嫌」という主訴で受診された


その女性はすでに何度も当院を受診していたが、

そのような症状の記載はどこにも見られなかった


腹痛、頭痛、吐き気といった一般的な症状での受診はあったが、

今回のような主訴での受診はなかった


見た目はすらっとしており、整った整容だった

仕事は美容師をしているとのことであり、髪の毛は派手に染まっていた

話し方は穏やかで焦燥感はなかったが、やや不安げな表情が時折みられた


症状を詳細に聞くと、小中の時は何ともなかったが、

高校生の時に父親の咳や食べ物を食べる音がうるさいのが気になるようになったのが始まりのようだ


年頃の女性が父親の一挙手一投足にイライラしたり、

不快感を露わにすることは特別なことではないと思われたが、

この女性はその後、症状が悪化していく


父親だけでなく、母親の咳払いや鼻をすする音にも敏感に反応するようになってきたのだ


それは家族だけではなく、学校の同級生も同じであり、

授業中の咳払いやくしゃみといった、

いわゆる「人間が発する音」に嫌悪感を持つようになったのである


これまでの人生では、この嫌悪感や不快感を表に出すことはなく、

ずっと隠してきたが、ついに耐えれきれなくなって病院を受診した


特記すべき既往はなく、内服薬もない

すでに両親とは別居し、一人暮らしをしている


仕事は美容室で働いており、お客さんの咳払いやくしゃみも不快に感じる

同僚との食事中も咀嚼音が気になってしまうので、一人で昼食をとるようにしている

外食に行く際には、ノイズキャンセラ付きのイヤホンをつけている


この症状については誰にも相談したことはない

自分の発する音は大丈夫、物音や自然音も大丈夫、音楽も大丈夫

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この症例で行うべきことは何でしょうか?


M先生「自分もそういう傾向はあります。

    親の咳する音が嫌いでした。

    ですが、日常生活に支障をきたすということはありません。


    この人がなぜこのタイミングで受診したのか、

    本当の主訴みたいなものを知りたりですね」



T「そうですね。この方は症状がどんどん悪化傾向で、

 日常生活に支障を来たしており、この症状を治したいという気持ちで来ています。


 パートナーはいませんが、この症状があるために

 将来的にパートナーができるかも心配されています。


 解釈モデルとしては脳や耳に問題があるのだと思っていて、

 耳鼻科にも行きたいとのことでした。」


K先生「何か自分で対応はしましたか?」


T「そうですね

  この方はネットで調べて自分の症状が ”ミソフォニア” であることも

  突き止めていました。


  対応としては、イヤホンをして

  周りからの音をシャットアウトするようにしています」


K先生「ミソフォニア?」


T「自分もミソフォニアのことは知らなかったので、調べました」


ミソフォニアとは、特定の音を聞くことで非常に強い不快感や怒りを覚える状態です

 自分の音は大丈夫ですが、他人が発する音(くちゃくちゃ音、鼻すすり音など)を聞くと過剰な嫌悪感や不快な感情を抱きます

ミソフォニアの正確な原因はまだ分かっていませんが、聴覚情報処理の異常や情動制御の問題が関係していると考えられています。 治療法としては認知行動療法や曝露療法などが試みられていますが、根本的な治療法は確立されていません

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診断名はわかった、で どうする?


U先生「自分の外来にPPPDの人がいますが、同じような感じで少しずつ曝露して

   慣れてもらうしかないのではないでしょうか。


   PPPDの人も最初は買い物とかも難しかったですが、

   半年くらいトレーニングしてもらって、だんだんよくなってきました。」


T「なるほど、自分の外来で経過観察して、

 少しずつ曝露させて治るかどうかみていくということですね。」


E「ミソフォニアの治療には、認知行動療法と書かれていますね。

 精神科につないで認知行動療法を行っていくのでしょうか」


T「ちなみに本人は精神的な問題であると対応されることに強い嫌悪感があります。

 精神科の薬や精神科に通院したいというニーズは全くありません。


 あくまで、脳に異常があるのではないか?と思っています」


K先生「直接、精神的な問題とは言わなくても、

   こういう風に説明したらどうですか?


   人の音に対して、あなたの脳は感情を司る神経回路が

   不適切に敏感に作動してしまい、

   嫌悪感や不快な感情を引き起こしてしまっています。

   

   なので精神的な問題ではなく、脳の機能的な問題ですと

   説明するのはどうですか?」



T「素晴らしいですね。

 

 では自分なりに思ったことを解説してもいいですか?

 

 ちなみに東畑開人さんが書かれた「ふつうの相談」という本をご存知ですか?

 藤沼先生が以前、おすすめされていた書籍ですね。

 

 藤沼先生は、

卓越した家庭医療=医学生物学的専門知の適用+「ふつうの相談」


 であると仰られていました


 この患者さんについて「ふつうの相談」の本に書かれている内容を元に

 解説していきますので、興味がある方は「ふつうの相談」をお読み下さい。」





先ほどのK先生がお話された内容は、

クラインマンの説明モデル理論の一つの説明モデルですね。


〜本書より引用〜

説明モデル理論とは様々な治療に共通するミクロなコミュニケーションの構造を明らかにしたものです。


説明モデルとは

「臨床過程に関わる人全てがそれぞれに抱いている病気エピソードとその治療についての考え」であるとクラインマンは定義しています


要は

「なぜその病気になり、

 その病気はいかなるメカニズムで成立しており、

 それはいかなる治療法で対処され、

 いかなる予後が規定されるのかについての一貫した理解」


のことです


〜引用終了〜


例えば、人が緊張性頭痛を患った時の説明モデルは色々あります


①生物学的な説明(西洋医学)

同じ姿勢でいることで肩の筋肉がこりかたまり、肩の血流が低下し、

肩の筋肉の緊張から緊張性頭痛という頭痛を起こしています

治療は痛み止めや筋肉の緊張をとる薬を使ったり、肩こりが治るような体操をおすすめします


②東洋医学的な説明

肩の筋肉や組織に「気・血」というエネルギーのめぐりが悪くなっています

原因として、冷えがあげられます。 最近の気温差が関わっているかもしれません。

治療としては入浴などでからだを温めたり、葛根湯を服用すると良いでしょう


③霊的な説明

あなたの祖先の霊が肩にのっているのが見えます

その祖先の霊が取り憑いているので、肩が重い症状が出ているのです

墓参りを数年怠っており、先祖の霊は怒りを露わにしています

治療は墓参りに行き、お祓いに行くことです



このように治療者はある特定の理論的な枠組みを使って、症状を説明します

そこで用いられるのが、説明モデルです


心理療法家は「心理学」を使って、

内科医は「生物学や内科学」を使って、

東洋医学科は「東洋医学」を使って、

ソーシャルワーカーは「社会」を使って、

古代ストア派であれば「哲学」を使って、

一神教であれば「神」を使って、説明を行います


大事なのは、

患者さん(クライエント)がその説明モデルに

納得できるかどうかです


納得ができなければ、治療(介入)は為されません


霊的な説明モデルを信じられなければ、誰もお祓いにはいきません




もう一つ大事なことは、

「治療というものが説明モデルを通じて、

人間をある種の生き方へと象っていく営みであることです」


簡単にいうと、

治療がその人の生き方を変えてしまう可能性があるということです



霊的な治療によって症状が軽快した場合、

その人は霊的な存在に畏敬を払った生き方を今後するでしょう


西洋医学では効果がなく、東洋医学の鍼灸によって軽快した場合、

その人は今後も東洋医学的な治療を好むでしょう


西洋医学によって重大な副作用が出現した場合、

その人は西洋医学の薬への嫌悪感が芽生え、薬に対して敏感になるでしょう


医療機関を受診せず、薬も使用せず、ヨガやマインドフルネスで解決した場合、

その人は医療から距離を取り、自分の力で解決しようとするでしょう



この考え方は目から鱗でした

その通りだと思います


風邪に抗生剤を欲しがる人、ワクチン忌避、病院嫌いな人、漢方が好きな人・・・

医療にnegativeな人もpositiveな人も・・・


全てはこれまでの「説明モデル」と「治療」に由来していたのです



私たちは治療によって目の前の患者さんの一時点をよくしているつもりでも、未来の患者さんの生き方にまで関わってしまっているのです


本書には

「説明モデルとは、単なる知的な枠組みではなく、人々の象徴体系を組み替え、

特定の主体化を促すリアルな媒体なのである」と書かれています




症例に戻りますが、この患者さんの場合は、

精神科的な治療やアプローチには納得はしてくれなさそうでした


そのため、脳の問題であることを心配していたので、MRIを撮ることにしました



<ふつうの相談 Bとは?>


T「先ほど、U先生が仰られたこと(自分の外来で経過をみていくこと)は、

 ふつうの相談Bですね


 E先生の提案の精神科での認知行動療法は、ふつうの相談Aです」



そもそも「ふつうの相談0」というものがあります


私たちが体調やメンタルを崩した時や生活で困ったことがあれば、どうしますか?

ほとんどの人は周囲の人に相談することで解決しているのではないでしょうか


この民間セクターの中で交わされている素人たちのケア/治療が「ふつうの相談0」著者は名付けています


支持やアドバイス、苦言、お節介、あえて見捨てるなど、

ふつうの相談0はバラバラなものですが、この多様性が心理療法の原石となっています


ソーシャルワークや認知行動療法、心理学、精神分析、トラウマケアの諸要素が混ざり合って存在しています


それらを特化・洗練させていくと、ふつうの相談Aになります


ソーシャルワークはシステマティックな「お節介」であり、

行動療法は科学的な用語に翻訳された「しつけ」であり、

非指示的心理療法が神学的なまでに高められた「聞く」であり、

もともとはふつうの相談0に存在していたものです



ふつうの相談0が限界に陥ると、

患者さん(クライエント)は専門家に助けを求めるようになります



今回の症例ではふつうの相談0を行うことなく(行えず我慢していた)、

専門家に相談が求められたということです



ふつうの相談Aでは学派的心理療法、

「学派知」を説明モデルとした治療を行います


精神分析理論、認知行動理論、ユング心理学、人間性心理学、トラウマケア、ソーシャルワーク、家族療法・・・


このような学派的心理療法をふつうの相談Aとした場合、

ふつうの相談Bを選択するということは、背水の陣を敷くことです


ふつうの相談Bは、

その患者さん(クライエント)を引き受けるためにあります



どこかへ紹介したり、支援を断ったりするのではなく、

いったん自分のところで問題を預かる


本質的な解決(A)ではないかもしれないが、ひとまずの解決を見出すために、

手持ちの材料でなんとか凌いでいく


これこそが、ふつうの相談Bという選択です




これを読んで、総合診療はまさにふつうの相談Bだな・・・と腹落ちしました



ちなみにふつうの相談Cは、他のみんなに相談することと語られています


みんなで心配し、みんなで見守る体制をつくる

多職種連携を行い、現場の持つ力の助けを借りられるようにするのがふつうの相談Cです



内科医としては、精神的なトラブルを抱えた人の場合

とりあえず、緊急性がなければ、

ふつうの相談Bでまずは問題を引き受けることからスタートし、

より専門的な治療(ふつうの相談A)が必要な患者さんを見極め、

適切なタイミングで適切な専門家に紹介する


自分一人で抱え込まずに、

ソーシャルワーカーや院内の情報通、精神科に相談を行い、

みんなで見守る体制を作る(ふつうの相談C)



言われてみれば、それやってます 笑


ですが、本書ではメタファーを駆使して細かく言語化されており、

メタ視点の要素が入り、自分の臨床を見直させてもらいました



<個人症候群について>


〜本書から引用〜


精神科医の中井久夫先生は、

人々が病気、あるいは心身の不調を認識するありようとして

「普遍症候群」「文化依存症候群」「個人症候群」の三つのアスペクトを挙げた


これらは三つの別の種類の病気があるというわけではなく、

光の当て方によって3種類の見え方がありうるということです


「普遍症候群」はDSMやICDのように西欧近代医学の中で

発展してきた診断カテゴリーが該当します


記述的な診断基準があり、診断は客観的な観察によってなされるため、

文化を超えて「普遍」的に適応可能であるとされます


「文化依存症候群」はそれぞれの文化に固有のローカルな診断カテゴリーがあります

文化的な規範があるときに、それがもたらす副反応も存在します


最後に個人症候群は、不調を個人の人生の文脈として物語ろうとするときに現れる「病名」だと言えます

極限的にミクロな診断カテゴリーです


〜引用終了〜


個人症候群は、病名というよりは、いわゆる「病い」に近いでしょうか

病名というよりは、「そういう状態」とも言えますね



今回の症例は、普遍症候群としてミソフォニアという病名をつけることができましたが、それでは何の解決にも至りませんでした


そもそも、その病名は本人も知っていました



最近、HSPいわゆる繊細さん、という言葉もあります


これは現代日本では「気を遣う」「空気を読む」ことを求められすぎた結果、

生きづらさを抱えた「文化依存症候群」なのかもしれませんね


HSPはミソフォニアと関係があるとも言われています


ミソフォニアは、人の音に敏感さんとも言えるかもしれません



個人症候群的な観点で考えると、

思春期の時期に父親の食べ物を食べる音がうるさくて、

注意しても聞いてくれなかった

そもそも父親と母の不仲があり、父に対してはいい印象がなかった


次第に父の行う行動全て、父の発する音全てに嫌悪感を覚えるようになっていった


「父親への陰性感情のせいでこうなったんだ症候群」とも言えるかもしれません



個人症候群で考えるメリットとしては、治療法や介入点に個別性があり、

より特異的な治療を行える可能性がある点です


今回で言えば、父親への陰性感情を取り除くことが、

結果的に症状を緩和させることにつながる可能性があります


まとめ

・診断をすることで治療につながるとは限らない


・総合診療科は「ふつうの相談B」で引き受け、「ふつうの相談C(多職種連携)」と「ふつうの相談A(学派的心理療法)」へ繋ぐのが仕事


・普遍症候群だけでなく、

 文化依存症候群や個人症候群の観点から

 見直してみると、介入点が見えてくるかもしれない




2024年5月26日日曜日

臨床における最難関の構造 〜前医の善意で疾患が豹変する〜

 まさに今回のNEJMのケースもピットフォールだらけでした


73歳 女性 皮疹が増悪してきたため転院搬送




今回の症状の出る8日前まではいつも通り元気でした

始まりは肛門の痛みで近医を受診し、造影CTにて肛門周囲に1.8cm大の腫瘤を認め、
パンチ生検が行われました

その後、入院となりピペラシリン・タゾバクタムやバンコマイシンが投与されました

(肛門周囲膿瘍としてGNRや嫌気性菌、黄色ブドウ球菌や腸球菌をターゲットにしたのでしょうか・・・それにしても広いスペクトラムですね)



入院2日目、生検では腫瘍は確認されず、肛門痛は軽減していました

膿瘍と判断されたためか詳細は不明でしたが、
オーグメンチン、ドキシサイクリンが処方され退院となっています

(生検した時の培養は?グラム染色は?とつっこんでしまいますが、
 つっこんでも何も出てこないので受け入れます。

 客観的な事実だけ受け入れて、感情は反応しないことが大事です
 実臨床ではお問合せをしましょう)



退院2日後(転院となる4日前)から鼠径部にびらんを伴う皮疹が出現してきました
掻痒感や痛みを伴っており、その後の3日間で会陰部や下腹部にも広がってきました

発熱や寒気はありませんでした

転院となる1日前に前医で精査が行われました
血液検査にて白血球増多、リンパ球増多、好酸球増多がみられました

CTでは左肛門周囲に直径2.4cmの炎症と軟部組織の肥厚が認められ、
左骨盤側壁、右外腸骨、左右鼠径リンパ節が腫大しており、直径2.1cmありました

スティーブンス・ジョンソン症候群の診断で、点滴とグルココルチコイドによる治療が開始され、更なる精査加療目的に転院となりました

(SJSにしては、好酸球増多が気になる・・・
 リンパ節が腫れすぎているのが気になる・・・
 被疑薬は?抗生剤だとしても少し早すぎないか?
 などなど、違和感があります

 臨床での違和感は非常に大事です
 

 前医を否定するのではなく、一回診断をリセットして考えることが重要です
 事実を淡々と集めます

 最初の肛門の痛みは粘膜疹の痛みとすれば、抗生剤が入る前からであり
 薬疹の可能性は下がるのではないか?
 
 もしくはそれより前に新たな薬が開始されていないかを確認する必要があります)



転院後、皮膚の掻痒感や疼痛はなくなっていました
眼痛、排尿困難、膣痛はありませんでした


湿疹と乾癬の既往歴があり、本症発症の3年前に診断されていました

治療は 乾癬に対しては、アシトレチン、ベタメタゾン、クロベタゾール、トリアムシノロンの外用が開始され、一定の効果がみられていました

湿疹はデュピルマブで治療されていたが、眼合併症のため6ヵ月後に中止されていました

(デュピクセントは内科医としては喘息の治療薬という認識でしたが、
 耳鼻科では鼻茸を伴う慢性副鼻腔炎、皮膚科ではアトピー性皮膚炎、
 慢性特発性蕁麻疹に使うことができます

 デュピクセントの副作用に精通しておく必要がありますね

 デュピクセント関連の結膜炎が有名です)



デュピルマブ関連OSDについて

皮膚病診療 42巻10号 (2020年10月発行)より

デュピルマブは,IL-4とIL-13の共通の受容体であるIL-4Rαサブユニットに対する完全ヒト型モノクローナル抗体であり,IL-4とIL-13のシグナルをブロックすることによりアトピー性皮膚炎や気管支喘息に奏効する

ADに保険適用された2018年春以後,大きく変化を遂げた同疾患の全身療法により,
速やかな寛解導入が期待できる.

高い治療効果が期待できる一方で,デュピルマブ治療をしたAD患者には特徴的に眼の副作用を認めた

デュピルマブによる眼合併症は,ADでは20~40%に及ぶ症例に発症すると報告されている
 
本邦におけるADのデュピルマブ市販直後6カ月調査結果概要(2018年4月23日~10月22日)では,全合併症410件中,眼合併症は191件(46.6%)にものぼる.

同合併症は多くは皮膚科医からの報告であり,感染性結膜炎,アレルギー性結膜炎,眼瞼炎,眼瘙痒症,重症のアトピー性角結膜炎(atopic keratoconjunctivitis:AKC)などさまざまな診断名で報告されている.




Eye (2021) 35:3277–3284









アトピー性皮膚炎の患者は、一般集団と比較して、
アレルギー性結膜炎、眼瞼炎、角膜炎、感染性結膜炎、円錐角膜などの眼表面疾患 (OSD) を呈する頻度が高くなります

デュピルマブ療法では、臨床試験で眼表面疾患の発生率増加が報告されています

興味深いことに、デュピルマブ関連OSDはアトピー性皮膚炎患者に限定されており、喘息や慢性副鼻腔炎の臨床試験では観察されていません

幸いなことにデュピルマブ関連OSDのほとんどの症例は軽度から中等度で一過性です



デュピルマブはインターロイキン (IL)-4/IL-13 受容体を標的とし、
2 型炎症の 2 つの主要なメディエーターである IL-4 と IL-13 のシグナル伝達を阻害し、
アトピー性皮膚炎の臨床徴候と症状の改善をもたらします



アトピー性皮膚炎患者はさまざまな眼表面疾患のリスクが高く、
アトピー性皮膚炎患者集団における最も一般的な眼合併症は結膜炎です

図1アトピー性皮膚炎患者によく見られる眼表面疾患


アトピー性皮膚炎における眼表面疾患の発生率と鑑別診断 

アレルギー性結膜炎、眼瞼炎、角膜炎などの眼表面疾患は、
アトピー性皮膚炎患者の眼科合併症としてよく知られており、
特に重症患者では32.4~55.8%の発生率が報告されています

アトピー性皮膚炎患者におけるアトピー性角結膜炎単独の発生率は25%~42%とされています

 アレルギー性結膜炎の臨床徴候や症状は診断に特有のものではないため、
幅広い鑑別診断を考慮することが重要です

OSDの誘因として、特に眼瞼皮膚炎を伴う場合は、
刺激性接触皮膚炎やアレルギー性接触皮膚炎を除外する必要があります


 直ちに眼科を受診すべき兆候としては、
眼の透明性の低下、視力低下、眼脂、眼圧の上昇などが挙げられます 

コンタクトレンズを装着している患者で目の充血がみられる場合は、感染性角膜炎のリスクが高いため、直ちに眼科を受診すべきです





免疫チェックポイント阻害薬が顕著な例ですが、
本当に・・・新しい薬は新しい病気を作りますね






その他の既往歴として、2型糖尿病、高血圧、脂質異常症、不安神経症、性器単純ヘルペスウイルス(HSV)感染がありました

最後にHSVが再燃したのは3年前で、バラシクロビルによる治療を受けていました

他の薬物には、アムロジピン、ドキセピン、ガブアペンチン、インスリングラルギン、インスリンリスプロ、メトプロロール、リスペリドンなどがあり、ロラゼパムは不安のために必要に応じて使用されていました

薬物アレルギーの既往はありません

今は仕事はしておらず、以前は看護助手として働いていました

彼女は黒人で、ボストン郊外に妹と住んでいた
彼女は非喫煙者であり、飲酒も違法薬物の使用もありませんでした


診察では腋窩、腋窩溝、頸部、下腹部、陰部、両大腿内側の皮膚に、
潰瘍性プラークを形成する単形性の潰瘍が多発し、膿性排膿と悪臭を伴っていました

爪と足の爪に爪甲ジストロフィーがみられた
両手の掌側と背側には、鱗屑、深い亀裂、漿液性痂皮がみられた

左上腕内側には紅斑を背景に、穴のあいた潰瘍を伴う単形でバラバラのピンク色の丘疹がありました

この変化に本人は気づいておらず、発症時期も不明でした

口腔および粘膜病変はみられなかった

圧痛のない腋窩リンパ節腫脹と鼠径リンパ節腫脹がありました


(粘膜疹がないことが強調されています
 ということは、SJSらしくないですと暗に言っている気がします

 それよりも皮膚にプラークや潰瘍ができており、
 悪臭や排膿があることから、何らかの感染症が疑われます


 梅毒やNTM、特にMycobacterium chelonae、結核、ハンセン病を考えたくなりました
 培養や特殊な染色で菌の同定をしたいです)



Mycobacterium chelonaeの皮膚病変

Acta Derm Venereol . 2019 Sep 1;99(10):889-893.



Mycobacterium chelonaeによる皮膚および軟部組織の感染を呈することがあります

このまれな感染症の臨床症状は人によって異なります

 罹患率が増加しているにもかかわらず、患者はしばしば誤診されます

正しい診断を下すためには、病歴聴取を注意深く行うことに加え、
組織生検によるマイコバクテリアの培養と病理組織学的検査が必要である

診断された後の適切な抗生物質治療が必要である






実際は・・・

病変の基部から採取した表皮細胞のサンプルをHSV核酸検査が提出され、
左腋窩と左上腕の皮膚のパンチ生検が行われた

カポジ水痘様発疹症(KVE)が考慮され、
アシクロビル、セフトリアキソン、バンコマイシンの静脈内投与が開始されました


皮膚生検標本の検査では、左腋窩にHSV感染と一致する変化があり、
左上腕に乾癬様皮膚炎が認められたが、T細胞リンパ増殖性障害による皮膚病変は認められなかった

鼡径部の傷の1つから採取された培養液では、緑膿菌が検出され、
セフトリアキソンが中止され、セフェピムが開始となりました 


(カポジ水痘様発疹症(KVE)をいつも想起できなくて、困っています・・・
 一度も自分で診断したことがないので、まだ自分の中に記号接地していないのでしょう・・・

 緑膿菌が血流感染して皮膚病変を作ることもあり、壊疽性膿瘡と呼ばれますが、
 今回は皮膚由来なのでしょうか

 水回りにいる菌なので、ジメジメした所で繁殖します)



緑膿菌による皮膚病変の色々





緑膿菌による毛包炎

緑膿菌感染に起因するとされる最もよく知られた皮膚疾患のひとつに、
「温水浴槽毛包炎」があり、温水浴槽、ジャグジー、プールの使用に起因します

温水浴槽毛包炎は、典型的には汚染された水に暴露されたそれまで健康であった人に発現する

これは、汚染された水に長時間浸った約24時間後に、
多数の大きく単形で有痛性の丘疹および膿疱が突然発現することを特徴とします

病変は水面に接する身体部位、典型的には体幹上部、腋窩、臀部および臀部に集簇します

Am J Clin Dermatol 2011; 12 (3): 157-169



緑膿菌感染だったり、HSVによるかポジ水痘様発疹症だったり、
いろんなことが皮膚で起きていますね


その後、CTが撮影され、肺に結節性病変が見つかり、
腋窩や鼠径のリンパ節腫脹がありました


A diagnostic test was performed. 
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診断は?って言われても困りますよね 笑


この時点で何を診断すればいいのでしょうか・・・と混乱してしまいました

3年前からある皮膚病変?
リンパ節腫脹?
肛門周囲の腫瘤?
肺病変?
新たな皮疹?
カポジ水痘様発疹ではなかった?
緑膿菌の皮膚病変?


全てを一元的に説明できるものを診断せよ、と解釈しました

そうなると、皮膚のT細胞性リンパ腫なのでしょう


もともと湿疹や乾癬と言われていた皮膚病変も実はT細胞性リンパ腫であり、
今回それが悪化してようやく診断に至ったのでしょうか


結局、皮膚とリンパ節生検を行うことが重要になるので、
行った検査は皮膚生検とリンパ節生検でしょう


もちろん、感染症(特にNTM)の除外はしておきたいですが




今回の症例は経過中に抗生剤が入ってしまったため、薬疹が疑われ、
ステロイドまで入ってしまっているので、診断が難しくなっています


臨床で難渋する状況が、このパターンです


つまり、誤診され間違った治療が入った状態の普通の疾患です



普通の診断過程を踏めば、
診断や治療に難渋しなかったであろう病気が、
ある検査をしなかったため、ある治療が入ったために
突然、困難症例に生まれ変わります


治療による修飾も加わり、わけがわかならい・・・と言いたくなる状況があります


例として挙げるとキリがありませんが、

・血培を取らずに始めた抗生剤によって血培が生えないIEに豹変

・RAやPMRの暫定診断で、血培を取らずに始められた生物学的製剤やステロイド
 あとで全身の膿瘍が発覚・・・

・検体をとる努力をせずに始めた抗生剤によって、
 何と戦っているかわからない化膿性椎間板炎

・出すものを出さずに始めたステロイドによってマスクされたリンパ腫

・VB12が測定される前にメチコバールが処方された痺れ

・MDS患者さんにEPO測定前に投与された輸血


などなど


治療による修飾やインパクトが強いのは、
やはりステロイドと抗生剤ですね



これは一つの構造であり、同じ現象です

数学で言うと一つの公式を使った計算式ですが、ただ係数が違うだけです



もちろん、適切な検査ができない環境や状況があるのは重々承知しています


ただ、そういう状況を作り出してしまうことは、
患者さんのデメリットになっていることは忘れないようにしたいです

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解説 抜粋

リンパ腫と白血病はまれであるが、紅皮症の重大な原因である
リンパ腫もこの患者の全身性リンパ節腫脹の原因となりうる

この患者は以前、T細胞リンパ腫のリスク上昇と関連するデュピルマブによる治療を受けていたことに注意することが重要である

(とてもびっくりしたのですが、この記事を書いている4時間前に

デュピルマブと皮膚リンパ腫の関係性 ─
 アトピー性皮膚炎患者におけるリスクと注意点 というタイトルで

  Yahoo!ニュースでも出ていました、NEJMに出たので書かれた気がしますね)




デュピルマブによる治療を受けた患者は、CTCLに類似した可逆的な良性のリンパ球集簇(lymphoid reaction:LR)が生じる可能性があることが示されています


日本皮膚科学会からもデュピルマブ適正使用に関する注意喚起が出されています

デュピルマブはIL-4受容体αに対する抗体で、既存治療で効果不十分なアトピー性皮膚炎、既存治療によっても症状をコントロールできない重症又は難治の気管支喘息、既存治療で効果不十分な鼻茸を伴う慢性副鼻腔炎に保険適用となっており、多くの患者さんに投与され、病気のコントロールに役立っています。  この薬剤のアトピー性皮膚炎に対する効果は臨床試験によって証明されているものの、アトピー性皮膚炎類似の臨床像を示したり、Th2優位であることが報告されたりしている他の皮膚疾患に対する使用については、効果や安全性は確認されていません。アトピー性皮膚炎以外の皮膚疾患への使用は、倫理委員会の承認を得た後に、患者さんの同意のもとに臨床試験としてなされるべきであり、それ以外の適用外使用は厳に慎む必要があります。特に皮膚悪性リンパ腫については、デュピルマブ投与後に病勢が悪化した報告が集積されつつあり(文献1)、海外では死亡例の報告もあります。デュピルマブを患者さんに投与する際は、アトピー性皮膚炎と鑑別すべき疾患をきちんと除外し、適正使用ガイドラインを参照のうえ、ご使用いただくようにお願い致します。

  文献1:Sugaya M. Is blocking IL-4 receptor alpha beneficial for patients with mycosis fungoides or Sézary syndrome? J Dermatol 48: e225-e226, 2021

というわけで・・・

デュピルマブは眼病変と皮膚リンパ腫を悪化させたり、
引き金になる可能性が示唆されていることは勉強になりました





皮膚生検検査では、HSV感染と一致する変化が認められたが
皮膚T細胞リンパ腫の証拠は認められなかった

最終的な生検結果は免疫組織化学染色の方がより高感度であるが、
特定の皮膚T細胞リンパ腫に対する皮膚生検の診断収率はかなり低いことを認識することが重要である

皮膚生検で腫瘍性細胞がみられなかったとしても、この患者の紅皮症の原因としてリンパ腫を除外することはできない

セザリー症候群、菌状息肉症、成人T細胞白血病リンパ腫(ATLL)、血管免疫芽球性型(血管免疫芽球性T細胞リンパ腫またはAITLとしても知られる)などのその他の結節性濾胞性ヘルパーT細胞リンパ腫、および末梢性T細胞リンパ腫の「特定できない」亜型など、いくつかのタイプのリンパ腫が紅斑を引き起こすことがある

セザリー症候群、菌状息肉症、ATLL患者ではこの患者にみられたような顕著なリンパ節転移を示すことはまれである
これとは対照的に、AITL患者の大部分はびまん性リンパ節腫脹を呈する

さらに、この患者における好酸球増加と高ガンマグロブリン血症の所見も、AITLの診断と一致している

この症例では、肛門周囲液貯留の原因は定かではないが、広域抗生物質による治療にもかかわらず増大したことから、非感染性の原因と考えられる

AITL患者に生じる皮膚発疹は、全身性グルココルチコイドによる治療に非常に敏感であるため、皮膚生検を行う前にグルココルチコイド治療を行うと、皮膚を侵すAITL患者の診断結果が著しく制限される可能性がある


この患者は最初の病院でグルココルチコイドの静脈内投与を受けており、
この病院で行われた皮膚生検の診断結果に影響を与えた可能性がある

別の説明として、紅皮症を引き起こした腫瘍随伴性発作が考えられる
この症例では、末梢血のフローサイトメトリー、骨髄生検などの診断法も検討された、


最終診断:
結節性濾胞性ヘルパーT細胞リンパ腫、
血管免疫芽球型(angio-immunoblastic T-cell lymphoma)



まとめ

・致し方ない状況かもしれないが、
前医の善意によって診断が難しくなることがある

・それは臨床において最難関の構造である

・今回はステロイドやデュピクセントが疾患修飾した可能性がある

薬疹?かと思いきや・・・

昨日のNEJM のケースは、73歳の女性が皮疹が悪化してきたため、転院となった症例でした

皮疹が悪化してきて転院となることは、滅多にありません

重症の薬疹(SJS、TEN、DRESS)か、壊死性筋膜炎でデブリが必要な症例が疑われました


脱線ですが・・・

先日経験した症例は、カルバマゼピンを内服して8週間後に口腔内の痛みが出現し、

口唇や口腔粘膜がただれ、びらん・潰瘍を形成し、耳鼻科受診されました


視診のみでHSVが疑われ、抗ウイルス薬を処方されましたが、

粘膜病変は全く改善せず、数日後には全身に紅斑や丘疹、膿疱が出現してきました


皮膚科を受診されましたが、発熱もみられたため
皮膚科から内科に紹介入院となりました


血液検査では好酸球増多やリンパ節腫大を認めましたが、臓器障害はみられず、

カルバマゼピンに伴うDRESSと診断し、カルバマゼピンを中止し経過観察としました


抗てんかん薬に伴う薬疹はよく経験します


                           seizure . 2019 Oct:71:270-278. 


このレビューではDRESSは内服後、1-12週間以内に出現すると記載されています

SJSやTENは5日から4週間以内のことが多いです



DRESSの診断にはいくつかピットフォールがあります


ピットフォールその①

内服後、時間が経ってから皮疹が出現するので、

薬疹であることを患者さんもDrも疑えない


DRESSを疑った場合は、2-3ヶ月前までの処方を見直す必要があります






ピットフォールその②
全身の皮疹ではなく、粘膜疹が最初に出現することがある


少ない経験ではありますが、皮疹の前に粘膜疹(咽頭痛、口唇のただれ)から出現し、
診断に難渋したことがあります


喉の痛みが主訴でくるので、扁桃炎のカテゴリーで考えてしまうのですが、
何にも当てはまらず、既存の疾患群(溶連菌、IM、水疱性類天疱瘡など)っぽくもありません


その割に痛みが強いので困った挙句、HSVとして対応することが多いです

ですが、数日から1週間後くらいすると、全身に皮疹が出現し、
2ー3ヶ月前のお薬を見直すと、カルバマゼピンやラミクタールが入っていましたね・・・と気が付くことがあります


重症薬疹が全身の皮疹を伴わずに粘膜病変、
特に喉の痛みで来ることは知っておくと、いつか役に立ちます


DRESSとしばしば鑑別になるSJSの診断基準の副所見にもかかれていますが、
痛みでご飯が食べられなくなるほどです


副所見

3.全身症状として他覚的に重症感,自覚的には倦怠 感を伴う.口腔内の疼痛や咽頭痛のため,種々の程度 に摂食障害を伴う.

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日皮会誌:126(9),1637-1685,2016(平成 28)



原因不明の喉の痛み(近医で抗生剤ローテーションがされていることが多い)を見たら、お薬を1-3ヶ月前に遡って確認してください

そして、全身の皮膚をチェックしてみてください


ピットフォールその③
急性の症状であり、腫瘍を忘れがち


DRESSの診断はとても難しいです
皮疹だけでなく、病歴や血液検査など総合的に考えて診断を下します


DRESSもSjSも粘膜疹はどちらも出現するので、
皮疹では見分けられないと割り切った方が良いでしょう


重症薬疹は急性の症状であり、発熱や皮疹が目立つため、
まずは感染症(麻疹、風疹、EBV、HIV、梅毒、播種性淋菌、IE、リケッチア、マイコ)を疑いたくなります

もちろん、その思考でよいのですが、
感染症ではなさそうだとなった時はギアチェンジのタイミングです


本当に薬疹で良いか、自己免疫疾患や腫瘍があるのではないか?という思考になります


自己免疫では、特にSLEやAOSD、菊池病が鑑別になることがあります


そこで自己抗体など測るのですが、陰性で帰ってきます

やっぱり薬疹(DRESS)かな・・・と考え、TARCやHHV6を測ろうかなと考えます



臓器障害も出てきたし、そろそろステロイド入れようかと思った時は注意が必要です



内科医が原則として心得ておくべきことは、

DRESSやSJSとしてステロイドを入れようした時には、
必ず皮膚生検やリンパ節生検を行ってから入れるべきということです


典型的でない薬のDRESSの場合、DRESSの診断は慎重になるべきです


特にもともと皮膚疾患(難治性のアトピー、乾癬)がある人の場合は、
診断が難しくなります


皮疹自体が長年の名残なのか、活動性があるのか、いつからなのか?が悩ましい時が多いです


そもそもの「アトピー」や「乾癬」の診断が違っている時があり、
最初からT細胞性リンパ腫の可能性があります





まとめ
・DRESSの診断は慎重に行う

・被疑薬が2-3ヶ月前に入っていることもあり、そもそも薬疹を疑いにくい

・粘膜疹から始まる重症薬疹がある

・重症薬疹と診断し、ステロイドを使う前には必ず皮膚生検を行う




ミソフォニアとふつうの相談

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