S「症例は80歳 男性で、主訴は体動困難、めまいです
S「ディスカッションポイントは体動困難のアプローチをどうするかを聞きたいです」
T「はい、ありがとうございます。体動困難ね〜
なかなか難しい症候ですね。
医学には症候学というジャンルがあります。
症候学を学ぶと、胸痛とか、
腹痛とかメジャーな症候群はたくさん解説がのっています。
ですが、体動困難は症候群の教科書には載っていないことが多いです。
どうしてかというと・・・
何でもありだからです。
そういう症候から突き詰めて行っても、鑑別が絞れないことが多いです。
そのため、体動困難のアプローチをどうすればよいか?
と聞かれたら、逆説的ではありますが、
体動困難以外に注目する。
というのがよいアプローチです。
このように診断が絞られない症候は、low yieldと呼ばれます
直訳は利益の少ないということです
逆に嚥下障害といった症候はhigh yieldと呼ばれます。
症候群にはlow yieldとhigh yieldがあることをまずは知っておきましょう。
その上で、なるべくhigh yieldの症候を探しに行きます。」
S「ではhigh yieldな所見がなくて、体動困難しかなかった場合は、
どうすればいいんですか?」
T「その場合は、体動困難の二つのアプローチを考えます。
1つ目は、解剖学的にアプローチするやり方です
つまり、体動困難というのは、うまく動けないということですよね。
症候群を学ぶときに大事なのは、やられている状態から考えるのではなく、
正常に機能している状態をまずは考えて、
そのどこかにトラブルがあるのだろうと考えます。
うまく体が動くためには、大脳が錐体路の神経に命令を下し、
上位運動ニューロンから下位運動ニューロンを伝って、
神経筋接合部に情報伝達を行い、筋肉が収縮し、関節が動き、
骨が引っ張られるるということです。
スムーズに動くためには、錐体外路の調節も必要になります。
つまりこの経路のどこかに問題があれば体動が困難になる可能性があります。
このように解剖学的に考えるのが、1つ目のステップです。
基礎疾患がなく、若い人の場合はこのように病態生理で考えた方がうまくいきます。
逆に2つ目のアプローチは老年症候群として考えるアプローチです。
老年症候群とは何でしょうか?」
H「フレイルの人がなるというイメージです」
T「そうですね。フレイルがなくてもなりますが、
フレイルがある高齢者には特に多いですね。
老年症候群の前にフレイルを知っておきましょう。
フレイルは虚弱と訳されますが、
ギリギリのバランスの状態で生活している人というイメージです
2つのR(reserveとresilience)が低下した状態ともいえます
フレイルを評価する際は、身体機能、神経精神機能、生活機能に分けられます
T「こういったフレイルが進んだ高齢者にacute problemが加わると、
そのacute problemに特徴的な症状ではなく、違った症状が前景に立つことがあります
つまりはこういうことです
心筋梗塞の主訴が食べられなくなった
心筋梗塞の主訴が体動困難
心筋梗塞の主訴がレベル低下
敗血症の主訴が食べられなくなった
敗血症の主訴が体動困難
敗血症の主訴がレベル低下
脱水の主訴が食べられなくなった
脱水の主訴が体動困難
脱水の主訴がレベル低下
つまり、老年症候群の原因(acute problem)は何でもありなのです
大事なのは、何でもありうるという視点で診察できるかどうかです
T「老年症候群を疑った場合の診察方法としては、3つあります
(1)何かひっかからないかな・・・という視点で網羅的に診察
(2)頻度から狙って診察を取りに行く
(3)見逃しがちなところを重点的に診察
T「体動困難のアプローチをまとめると、
①解剖や病態生理から考える
②老年症候群と認識する
のどちらかになります。」
S「わかりました。ありがとうございます。」
T「ではもう少し進めましょう」
S「80歳男性です。もともとPMRに対してプレドニン12.5mg内服中でした。
BPPVともいわれたことがあり、たまにめまいを自覚されることがあるような人です。
バイタルは酸素化が少し悪くて、酸素を投与されて救急車で来院されました。
現病歴としては、いつもの体動で悪化するめまいが、
4日前から出現して、体調が悪かったようです。
2日前に一時的に38度の発熱があり、かかりつけ医を受診されました。
コロナは陰性でした。
そこでレボフロキサシンとカロナールが処方されております。
その後も改善なく、体調は悪いままで体動困難となったため救急車で来院されました。
T「なるほど〜
めまいもあるんですね。
あとは酸素化の低下もある。
もう少し聞いてみましょうか?」
C「他に症状はありましたか?」
S「特に悪寒戦慄や咳はなく、めまいや食思不振以外に症状はありませんでした。」
M「食事が取れていなかったようですが、薬は飲んでいましたか?」
S「薬はしっかり飲んでいたようです。」
M「何を飲んでいましたか?」
S「記載の通りです。」
T「たくさん、のんでいますね。笑
いつも口を酸っぱくして言っていますが、
高尚な病気を考える前に薬のせいにしてみましょう。
例えば、今回であればめまいもあるので、
ワレンベルグ!
みたいな病気をいきなり考えるのではなく、
薬の副作用ではないか?と考えるトレーニングをしましょう。
薬の副作用はどこかで体系的に習うものでもありません。
医者になってからもあまり習いません。
どうやって勉強するかというと、患者さんの薬からその都度学ぶしかありません。
愚直に毎回調べ、薬から鑑別疾患を考えるのです。
薬の数だけ副作用はあります。
今回は最低、10個ストーリーを考えてみましょう。」
①利尿薬やSGLT2の脱水
②血糖降下薬に伴う低血糖
③活性型VDによる高Ca血症
④αブロッカーの起立性低血圧
⑤スピロノラクトンの高K、酸化Mgによる高Mg
⑥SGLT2による正常血糖ケトアシドーシス
⑦抗ヒスタミン薬による眠気
⑧PSL内服忘れによる副腎不全
⑨メトホルミンによる乳酸アシドーシス
⑩利尿剤による低Na
T「いいですね〜
素晴らしい。とりあえず、10個までいけましたね。
この中で特に素晴らしい鑑別は⑥と⑧ですね。
命に関わりますし、疑わないと診断できませんからね。
他にはどうですか?」
Y「ステロイド12.5mgのんでいますが、バクタが入っていないのは気になります。
PCPとかも鑑別ですかね。
ステロイド関連で言えば、副作用はキリがなくなりますけど・・・
あとはレボフロキサシンも低血糖になりますね。
結核もカバーしてしまうとかも、害ですかね。」
T「そうですね。
約1年前に診断されたPMRに対して、まだPSL12.5mg内服しているというのは、
だいぶ違和感がありますね。
減らしてきたが、再発したのか、減らせない理由があったのか・・・
前医に確認する必要がありますね。
では診察に移りましょう。」
S「めまいの訴えがありましたが、診察中はめまいは消失しておりました。
神経診察では特記すべき異常はみられませんでした。
一般診察では左下肺にcoarse crackleが聴取されました。
左肩は動かすと痛みが出現しました。」
T「はい。ありがとうございます。
みなさん、めまいはどうやってアプローチしていますか?」
M「えっと・・。トリガーとか、タイミングとか・・・」
T「この方の場合、どうでしたか?」
S「体動で悪化するとは言っていました。
今まのでBPPVと同じようなめまいのようでしたが、
このように体調の悪化や体動困難になるのは、はじめてとのことでした。
めまいは診察時には消失しており、BPPVとして誘発試験も行いましたが、
誘発されませんでした。」
T「そうなんです。
高齢者のめまいは、病歴や診察でスッキリわけられないことが多いんです。
高齢者のめまいは特殊です。
高齢者のめまいのアプローチはもっと広い視点で考える必要があります。
まずは、高齢者が正常に歩くための機能を考える必要があります。
目で視覚的な情報を拾って、深部感覚で自分がどこを歩いているかを感じて、
小脳や前庭でバランスを保ち、神経から筋肉に命令が伝わって歩行ができます。
気持ちも大事です。
筋力がなくなって怖いという思いが強いと、歩くのが怖くなり、
「めまい」という訴えになることもあります。
高齢者はこれら全部の機能が低下しています。
合わせ技一本的に「めまい」に繋がります。
そして、これら全てに影響を与えるのが・・・何でしょうか?」
M「血糖???」
T「まあ、確かにそうかもしれませんが・・・
さっき、やりましたよね?」
M「あー、フレイルですか!」
T「いや、違います・・・笑
もう少し後でやりましたよね?」
M「えーっと・・・」
T「薬です!
さっき、みんなで考えたじゃないですか!」
T「ここでもやっぱり、薬が原因になっていることがあります。
他の筋力低下や視力低下、バランス能力の低下は改善はできないかもしれませんが、
薬の副作用でそれらが影響されていた場合、
薬を中止することで改善が見込まれますよね。
なので、ここでも薬がめまいの原因になっていないか?
という思考が大事にまります
今回は診察上は、明らかな神経異常はみられませんでした。
crackleが聞こえましたので、酸素化低下や発熱と合わせて鑑別はどうでしょうか?」
C「肺炎だと思います。
レントゲンや痰が出れば、培養を出して治療したいです。」
S「レントゲンを撮りました。
左横隔膜にシルエットサインが陽性になりました。
その後、CTまで撮影しました。
CTではびまん性にすりガラス影が見られていて、
PCPが疑われる画像でした。
入院後は気管支鏡が行われて、カリニのDNA検査が陽性となり、
PCPとして治療され軽快しました」
T「何とまあ・・・
それは最初の主訴では、分からないですね。笑
ほんと、何でもありでした。
あ、でも途中でY先生がPCPって言ってましたね。
結局は薬が悪さしていたことに変わりはありませんでしたね。」
S「自分は最初、そこまで考えられていなかったので、
すごいなあ〜と聞いていました」
T「さすがでしたね。
診断上手になるためのコツは、
薬の有害事象をいかに見落とさないかですね。
大変勉強になる症例でした」