2021年2月26日金曜日

ナツメグ中毒 〜隠し味にご注意〜

屋台のカレーを食べた後から、頻回嘔吐を繰り返す中年女性
カレーが原因っぽいが、当たったものとはなんだったのか・・・


僕は全く思いつきませんでしたが、現場ではgoogle先生にコンサルトして、
ナツメグ中毒の可能性を考慮されたようです


ナツメグ中毒????


カレーにそもそもたくさんナツメグ入れないんじゃないか?
普通に毒素性の食中毒じゃないの?

・・・などなど総ツッコミがなされましたが、
正直、聞いたことありませんでしたので勉強して見ました


ナツメグ中毒

ナツメグはスーパーにも普通に売っており、非常にアクセスしやすい香辛料です
ハンバーグをはじめとした肉料理などの香辛料として使用されます


ただ、分量を間違えたり、子供が誤って大量に摂取してしまうと中毒症状を引き起こします
近年では、TV番組でもとりあげられており、一般の人の方が認知度は高いかもしれません



ナツメグの中のミリスチシンやエリミシンの代謝産物が、
MAD阻害作用や覚醒剤様作用を引き起こし、中毒症状が出現します

トキシドロームの中では、抗コリン作動性クリーゼの症状に類似することもあるようです


精神症状も多く、幻覚や興奮、不安といった症状が見られることもあります





中毒症例は、興味本位で幻覚作用を求めて使用した例や自殺目的で使用した例など、
中毒になる理由は様々です

意図していない人と、意図して摂取した人では、
重症度は意図して摂取した人の方が重いです

興奮作用や幻覚作用を求めたり、自殺しようとしているので、
摂取量が多いためと思われます


世界的には2例死亡例がありますが、一例は子供で、
もう一例はフルニトラゼパムも一緒に内服している症例で、どこまでナツメグ中毒が死因に影響しているかは不明確です

現在までに、1世紀に1人の割合でナツメグ中毒で死亡しています


難しいのは、ナツメグ中毒を疑うことと、確定診断することです


ナツメグ中毒を疑う状況をまとめました


①トキシドロームの視点から疑う

救急外来にいつもと様子が変な人が来たら、何か薬の中毒ではないか?もしくは離脱か?
と疑うことは非常に重要です


その後はトキシドロームの観点から、
抗コリン性か、コリン作動性か、交感神経賦活系かを見極めます

場合によっては、トライエージを行うこともあるかもしれません


その時に、どれとも言えないトキシドロームで、トライエージでも何も引っ掛からず、
食事以外に何も摂取していないというアリバイがある時は、
ナツメグ中毒を疑って、食事の内容を確認してください

手作りハンバーグやスパイスましましカレーなどは、注意が必要です


このパターンの場合は、意図していない摂取ですので、
こちらからしっかりと病歴を聴取する必要があります


②自殺企図や興味本位で大量に摂取した場合

本人が申告してくるパターンです

この場合は、診断が容易なので不整脈に注意しながら、輸液して経過観察していれば、
自然に改善してくると思われます


問題は他の薬を一緒に摂取していないかです


ナツメグはレクリエーショナルドラッグとしての側面があるため、
同時に大麻や覚醒剤、危険ドラッグなどを摂取している可能性を考慮します


前述したトキシドロームという概念は中毒診療において、非常に重要ですが、
落とし穴があります


それは、同時に他の薬剤や農薬、違法薬物などを摂取している可能性があるということです

いろんな作用のある物質を同時に摂取することで、既存のトキシドロームにスッキリ分類できないことがあります


③毒素性の食中毒やスコンブロイド中毒、食後のアナフィラキシーと、
診断しそうになった時に考える

これらの共通点は、
食後数時間で嘔吐や皮膚紅潮、頻脈などの症状で発症し、自然軽快するというところです
アナフィラキシーも軽いものは自然に良くなります


この場合も食事内容の問診が重要になります

魚の場合は、スコンブロイド中毒やアニサキスによるアナフィラキシー
ハンバーグなどの肉料理やカレーの場合は、ナツメグ中毒
おにぎりの場合は、ブドウ球菌の毒素性の食中毒
作り置きのパスタやチャーハンは、バシラスセレウスによる毒素性の食中毒


どれも症状は類似しているので、食べたもので鑑別の優先順位をつけていく必要があります





ナツメグ中毒の確定診断は非常に難しく、ほとんどが臨床診断です
そのため、報告例が多くありませんが、実際は見逃し例が多そうです


確定診断のゴールデンスタンダードはなく、
血清もしくは尿のミリスチン濃度測定によって、傍証になる可能性はありますが、
日本では行われていません


やっぱり、病歴が大事ですね
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今回の症例の結論はわかりませんでしたが、輸液で自然軽快していますので、
③のパターンでした

トキシドローム的には、
縮瞳や身の置き所のなさや顔面紅潮は、抗コリン性の症状だったのかもしれません



カレーにナツメグがどれくらい入っていたかわかりませんでしたが、
これまで食べたことのないくらいスパイスがきいていたとのことでした


あながち、身近に潜んでいるのかもしれませんね、ナツメグ中毒

隠し味にご注意です


まとめ
・ナツメグ中毒は見逃されている可能性が高い
→ナツメグ中毒を疑う3パターンを知っておく

・食事後の嘔吐や具合が悪い人の場合、食事の内容をより詳しく聞く必要がある
→どこで買ってきたものか、手作りか、料理に香辛料としてナツメグを入れていないか、まで聞かないと診断できない

・自分が知らない病気だからといって、すぐに否定しない
→「無知の知」を知る機会を与えてくれた研修医の先生に感謝です

昼カンファ 〜あたったものは何?〜

今回はNEJMのclinical problem solving的な解説でお届けします

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閉経後の中年女性が「頻回嘔吐」という主訴で、
午後の救急外来にwalk inでこられました


本日の午後から吐き気と嘔吐が出現しています
嘔吐は頻回で数えきれないくらいでした

嘔吐の他に、身の置き所のなさもありました
下痢や腹痛、頭痛、胸痛はありませんでした

内服薬はありません
特記すべき既往もありません
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ここまで聞いて、まず何を考えますか?


特記すべき既往がなく、常用薬のない元気な中年女性の頻回嘔吐という症状です


今回は嘔吐がメインの症状であり、下痢や腹痛がないため、
胃腸炎という診断をつけるには、まだ情報が足りません

そもそも胃腸炎の胃は病態に関係していないので、腸炎というべきですが、
腸炎と一括りにするのもよくありません

腸炎と言いたいのであれば、小腸型・回盲部型・大腸型のどれか

原因微生物は何か、ということまで考えます


参考:腸炎


小腸型の中でも特に上部に病変があれば、吐き気や嘔吐といった症状がメインとなります
下部小腸であれば、下痢や嘔吐がみられ、回盲部〜大腸に病変の主座がある場合、
発熱や腹痛、血便といった症状が出現してきます

今回は嘔吐のみであり、腸炎であれば上部小腸病変が疑わしいです


原因微生物も同時に考えます

多くは細菌性の食中毒か、ウイルス性の腸炎ということになり、
ここ数日の食事歴を丁寧に聞く必要があります

家族内での腸炎症状の流行や小さな子供との接触歴があれば、ウイルス性腸炎の可能性が高くなります

外来を消化器症状を主訴に受診される患者さんの多くが、
直近の食材が傷んでいたからかな〜とおっしゃることが多いですが、
直近の食べ物が原因であることはほとんどありません

ただし例外的に、直近の食べ物が消化器症状の原因のこともあります


それはその食べ物でアナフィラキシーと中毒を起こした場合です


なのでこの方に最初に聞くことは、
これまでにアナフィラキシーの既往がないかどうかと、
直近で食べたものの詳細を聞くことです

そして、食後⇨運動でアナフィラキシーが出る人もいるので、
食事後に何をしていたかも聞くことは重要です
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アレルギー歴:えびでアナフィラキシーを起こしたことがある
昼食で食べたものは、屋台のカレー(馬肉入り、魚介類はなし)

カレーを食べたあとは、運動はしていない


バイタルは頻脈はありましたが、血圧低下はありませんでした

診察上、顔面が紅潮しており、瞳孔は2/2mmと縮瞳していました
他、特記すべき所見なし
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次に考えることは?


この方は以前にアナフィラキシーの既往があり、嘔吐と頻脈があることから、
まずはアナフィラキシーではないか?という視点で対応することが重要です


この時点で、すぐにエピネフリンを打った方が良いというわけではなく、
アナフィラキシーかもしれないので、すぐにルートをとったり、
血圧を頻回に測定したり、全身の皮膚の紅潮がないかをチェックしたり、
看護師さんに一声かけておく、という人と物と心の準備が重要ということです


今回の症例では、他のアナフィラキシーを疑わせる気道症状や呼吸器症状がなく、
皮膚症状としては、顔面の紅潮しかないようです

血圧低下もられていないので、
この時点ではエピネフリンの投与は様子見ても良いかと思いますが、
来院後も嘔吐はあるようですので、輸液と吐き気どめを使うことがまずは人道的です


直近で食べたものは馬肉入りカレーでした


シーフードカレーでなくてよかったです

直前にシーフードを食べられていた場合、アナフィラキシーやアニサキスもそうですが、
たくさんのseafood poisoningを考えなければなりません

fish poisoningでは、スコンブロイド中毒、シガテラ中毒、テトロドトキシン中毒
shellfish poisoningではparalytic shellfish poisoning(PSP)、Diarrheic shellfish poisoning(DSP)が日本でも見られる貝毒です

スコンブロイド中毒は、マグロ、サバ、カツオなどのサバ科またはサバ亜目(scombroid)が原因となることが多いため、scombroid poisoningと言われていました

しかし、シイラやサーモンのようなそれ以外の魚も原因となるため、
最近ではhistamine fish poisoningと言われます


魚の中に含まれるヒスチジンがヒスタミンに変換され、ヒスタミンが高濃度で蓄積されることにより、毒化します

これは加熱処理でも分解されませんので、注意が必要です

経口摂取後数分から3時間程度で発症し、悪心・嘔吐・下痢・腹痛・全身の皮膚紅斑といった症状が出現します
症状は数時間持続し軽快します

基本的には臨床診断で、抗ヒスタミン薬で治療します
アレルギー反応ではありませんので、ステロイドは無効です

よく、さばでアレルギーが出ました、という人がいますが、
その中には、histamine fish poisoningの方がたくさんいると思います


沖縄などの亜熱帯、熱帯地域では、シガテラ中毒に注意が必要ですが、
当地ではあまり考えなくてもよいと思います


paralytic shellfish poisoning(PSP)は、毒化したホタテ貝やアサリ貝を摂取することによって起こります
食後30分ほどで唇・舌・顔面の痺れ感が出現し、やがて首や腕、手足に広がり、麻痺に変わります
重度になると、言語障害や呼吸筋麻痺などが出現し、死にいたることもあります

昭和56年に食品衛生法により二枚貝に対する麻痺性貝毒の点検が実施され、
規制値以下であることを確認してから出荷する体制が作られていますので、激減しております


Diarrheic shellfish poisoningは毒化したホタテ貝やムール貝、アサリなどでを摂取することで生じます

経口摂取後、30分〜4時間で発熱を伴わない悪心、嘔吐、激しい下痢、腹痛が起こります



シーフード以外に気をつけないといけない食べ物の代表はキノコです
キノコ中毒は毎年、一人くらいはいますが、秋が多いです



今回であれば、症状が出る数時間前に食べたものは、馬肉入りのカレーでした


おにぎりであれば、ブドウ球菌による毒素性の腸炎ですが、

作りおきのカレーやパスタ、チャーハンの場合、
まず疑うべき微生物はバシラスセレウスによる毒素病態の食中毒です



〜以下、up to dateより〜

嘔吐症候群 — 嘔吐症候群は、プラスミドDNAによってコードされる小さなリング状ペプチドであるセレウリド毒素の直接摂取によって引き起こされます
催吐性毒素に関連する芽胞は熱処理に耐えることができます

セレウリドは熱安定性があり、胃酸に耐性があります

したがって、セレウス菌を殺すのに十分な加熱にもかかわらず、
病気を引き起こす可能性があります

  嘔吐症候群は、腹部のけいれん、吐き気、および嘔吐を特徴とします
下痢は約3分の1で発生します

症状の発現は通常、摂取後1〜5時間以内ですが、
汚染された食品の摂取後30分以内から最大6時間以内に発生することもあります
症状は通常6〜24時間で軽快します

主な鑑別診断は黄色ブドウ球菌エンテロトキシン関連腸炎で、こちらも催吐性ですが、
通常は下痢を伴います

〜引用終了〜


今回の病歴では、バシラスセレウスによる嘔吐症候群が今回のmost likelyな疾患です


同じものを食べた人が、同じ症状を呈していれば、さらに疑いは強まりますが、
それで除外できるものではありません

食べた量(摂取した毒素の量)や発症スピードには個人差があります



もう一つ、ここで重要な問診項目があります


それは、「これまでにもこのような症状がなかったかどうか?」です
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こういった症状ははじめてとのこと
サプリの摂取や違法薬物もしていない
他に同様の症状の人はいない
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何度も同じ症状があった場合、何を考えますか?


このように嘔吐が頻回、身の置き所がなくなるといった症状が、これまでにもみられるようであれば、「周期性嘔吐症」というカテゴリーで考えます


小児領域で多いとされていますが、腹部片頭痛の可能性があります
成人でも見られます


成人の頻回嘔吐の既往が何度もある場合、
カンナビノイド悪阻症候群は、必ず鑑別にあげるべき疾患です

この疾患は、熱いシャワーや風呂で改善するという、ユニークな特徴があります

大麻を慢性使用している人が、ある時、カンナビノイド悪阻症候群を発症し、
頻回嘔吐や身の置き所のなさで、救急受診します

ただ自然に軽快するので、腸炎疑い?というカルテが溜まっていきます


そしてある時、これはおかしい、と思ってとったトライエージで大麻が検出されて、
大慌てするというのが、よくある流れです


ただ、この病気は大麻中毒ともまた違いますので、大麻使用直後になるわけではありません




今後、大麻解禁の流れが米国で進んでおり、この流れはいつか日本にもやってくると思いますので、知っておくといつか出会うかもしれません


今回ははじめての症状であり、鑑別の上位ではありませんが、
発症したばかりの可能性は否定できませんので、違法薬物の使用歴の確認は必要です
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他の鑑別疾患を挙げるとすると?


アルコールの摂取が直近であったり、腹痛が診察上もしっかりあれば、
急性膵炎の可能性が高くなります

「嘔吐しない急性膵炎はない」と言われるくらい、急性膵炎は嘔吐や吐き気が目立つ疾患です


個人的な経験では、膵頭部に限局するgroove膵炎の場合、
嘔吐も腹痛もほとんどなかったことがあります

お腹が張るという主訴で、腹部の圧痛が全くなく、
便秘の診断で帰宅の方針としようとしましたが、
本人希望でCT撮影したところ、膵炎でびっくりしました



あと見逃したくない疾患群としては、
心筋梗塞、甲状腺クリーゼ、小脳出血・延髄梗塞が挙げられます


それぞれの疾患を示唆するような症状やvascular riskの確認が必要です


今回の症例であれば、甲状腺クリーぜの可能性は残ると思います
原因不明の吐き気や腹痛で、甲状腺中毒症だったという症例も経験したことはあります


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本症例の考え方


最初はcommonかつcriticalな疾患であるアナフィラキシーから考え、
アナフィラキシーの可能性を常に頭の片隅におきつつ、診療を開始します


病歴を聞く中で、他のcommonな疾患を鑑別の上位にあげながら、
そうはいってもcriticalな疾患も最後に考えていきます



結局、今回の症例の結論はなんだったのか・・・

次回へ続く


まとめ
・食事摂取後に頻回嘔吐が出現した場合、考える疾患はアナフィラキシーと中毒(毒素病態)
→食べたものが何であるかは非常に大事、食べた後に運動していないかも大事

・シーフード、キノコ、カレー、チャーハン、おにぎり・・・
→これらの食中毒は感染症のスピード(急性)ではなく、毒を摂取しただけなので、超急性に症状が出現する



2021年2月25日木曜日

鎌状赤血球症 〜3つ目のACS〜

みなさんにとってのACSとはなんですか?


循環器内科医にとっては、急性冠動脈症候群(Acute coronary syndrome)です

ICUの医師にとっては、もう一つあります
腹部コンパートメント症候群です


そして、3つ目のACSは・・・




数年前の症例です
一部、修正・加筆を加えてあります



見た目は黒人のお子さんでした

学校の先生はこの子の病気などはよくわかっていないようでした

前日に東京から当地まで、スキー合宿にバスできていました



病歴はこれだけです

本人からはほとんど取れませんでした


教科書的な心不全の時のピンク色の泡沫状の痰が何度も出てきました

第一印象は、「これはやばすぎる・・・」です


原因よりもまずはバイタル
ということで、すぐにNPPVつけました

すると、意外にも酸素化は改善してくれました



酸素化が改善したので、改めて病歴と診察をとりました

crackleがしっかり聞こえるので、肺炎か心不全か?

なぜこの年で心不全に???


何やら、たくさん病気を持っていそうでしたが、
本人から聞いても、よく分かりませんでした・・・


とりあえず、「猿も聴診器」してみました

UCGでは、massive PEという印象はありませんでしたが、
ECGではS1Q3T3がありました

なんだこの病態は・・・・
肺塞栓かと思ったが、肺は真っ白だ・・・

肺塞栓からの肺胞出血か・・??





造影CTに行こうかと思いましたが、とりあえず・・・

①かかりつけの前医に問い合わせ
②両親に現状説明
③近隣の子供病院への転院搬送準備

を行いました



!!!!!!!!!!!!!


それならば、スキーという寒冷刺激が誘因で発症しているというのも納得がいく







































オリンピックがもし開かれるのであれば、海外の方がたくさん来る可能性があります

選手だけでなく、観客も来るとなると、
中には鎌状赤血球症の方もおられるかもしれません

そんな方が寒い日本でACSを発症したら、主訴は呼吸苦・発熱で救急外来を受診されます

もちろん、コロナ疑いで対応されることになりますが、
コロナが否定された後は、鎌状赤血球症のACSを疑ってください

2021年2月22日月曜日

ヘモグロビン異常症 〜質の異常と量の異常〜

 前回解説したメトヘモグロビンは異常ヘモグロビン症の一つです


ですが、異常ヘモグロビンの代表はメトヘモグロビンではありません

世界的に見て断然多い疾患は、鎌状赤血球症です


鎌状赤血球症状ね、なんか、聞いたことはある・・・

確かマラリアに強いやつだよね・・・


という感じの理解ではないでしょうか


ですが、鎌状赤血球症は、

今後、絶対に知っておきたい疾患No.1だと思っています


その理由はまた解説します


ということで、ヘモグロビン異常症について復習してみましょう




ヘモグロビンはα鎖グロビンとベータ鎖グロビンが、
それぞれ2本ずつ会合した4量体と4つのヘムから構成されています

新生児のHbはHbF(α2γ2)がHb全体の60-90%を占めますが、
6ヶ月後にはHbA(α2β2)が成人と同じくらいの割合になります

成人ではHb分画の96%はHbAです
HbAの中には糖と結合したHbA1cが数%存在します

HbA2(α2δ2)が3%、HbFが1%弱を占めます



ヘモグロビン異常症

ヘモグロビン異常症はアミノ酸配列の置換や欠失などのヘモグロビンの質的異常による異常ヘモグロビン症と、
正常グロビンの合成異常や不均衡などの量的異常によるサラセミアに大別されます




異常ヘモグロビン症

異常ヘモグロビン症は世界で最も高頻度の遺伝病です
現在までに約1200種類の異常Hbが確認されています

ですが、異常ヘモグロビン症の半数以上が無症状なので、見逃されている可能性が高いです

症状としては、先天性の溶血性貧血、多血症、チアノーゼがあげられます


多血症が起こる機序としては、
酸素親和性に異常のあるHbでは、酸素親和性が高いと酸素解離曲線が左方に移動し、
組織での酸素の受け渡しが不良になり、低酸素状態を起こします

その結果、エリスロポエチンが増加して、多血症を呈します



不安定Hbというものもあります

不安定Hbとは、アミノ酸の置換、または欠失部位がヘムポケットの近傍にあると、
ヘムポケットにH2Oが入りやすくなり、
酸化されてメトヘモグロビンが合成されやすくなることで、Hb分子が不安定化するものです


このような不安定Hbを有する異常ヘモグロビン症を不安定ヘモグロビン症と言います

不安定ヘモグロビン症は溶血性貧血を起こします



前回の東京GIMの症例も不安定ヘモグロビン症だったのかもしれません


異常ヘモグロビン症の中での代表疾患は、鎌状赤血球症です
これについては、次で詳しく解説します



異常ヘモグロビンを疑うきっかけとしては、
・溶血性貧血(Reti増加、間接Bil上昇、ハプトグロビン低下)があること
・メトヘモグロビンが上昇している
・HbA1cの異常(血糖との解離)がある

→異常Hbがあると正常のHbと干渉を起こし、検査の値が正しくでない


診断のためには、

・電気泳動法
・イソプロパノールテスト
・異常Hbの構造解析
・アミノ酸変異の遺伝子解析

が必要になります


サラセミア

サラセミアは遺伝子背景により、量的産生の不均衡によるヘモグロビンの異常をきたす疾患です
グロビンのα鎖、β鎖の合成欠損による無効造血から小球性貧血を呈する疾患群です


α鎖グロビン異常によるものをαサラセミア、
β鎖グロビン異常によるものをβサラセミアと言います

遺伝子異常があるグロビンの合成抑制がかかります



小球性貧血で鉄欠乏性や慢性炎症性でなければ、サラセミアを疑います
ということで、フェリチンをチェックします

積極的に疑うのであれば、有名なMentzer Indexを計算しましょう

Mentzer Index=MCV(fl)/RBC (×10の6乗) 


MIが13以下の場合、サラセミアを疑います

Lancet 1973;301(7801):449-452


日本のサラセミア患者さんは軽症で、無症状のことも多いので、
偶然、健康診断などで見つかることもあります

診断のためには、ヘモグロビン分画や遺伝子検査が必要になります


治療としては、軽症であれば無治療です
症状や重症度に応じて、
輸血や鉄キレート剤、脾臓摘出、造血幹細胞移植といった治療のオプションがあります


まとめ
・ヘモグロビン異常症には、質的な異常と量的な異常の二つがある
→質的な異常:異常ヘモグロビン症、量的な異常:サラセミア

・異常ヘモグロビン症には、不安定ヘモグロビン症がある
→溶血性貧血を起こす

・異常ヘモグロビン症の代表疾患は鎌状赤血球症である
→サラセミアと異なり、毛細血管の閉塞をきたすことが特徴

2021年2月21日日曜日

日本一朝早いカンファレンス 〜担癌患者さんの発熱〜

 85歳 男性 主訴:発熱(※症例は一部修正・加筆を加えてあります)

Profile:2ヶ月前に発熱精査で入院したところ、胆管癌が発覚しステント留置し退院となった

現病歴:退院後、外来通院中 元気に生活していた

    来院1日前の夕方から発熱あり(37度台)

    発熱以外に症状はなく、普通に生活していた

    来院当日、発熱が持続するため、救急外来を受診


ROS:排尿時痛なし、排尿回数増加なし、喀痰なし、咳なし

嚥下問題なし、食欲低下なし、寒気なし

既往:胆管癌、末梢動脈疾患

内服:バイアスピリン、ネキシウム、ウルソ

ADL:自立、食事は普通食

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ディスカッション①他に何か聞きたいことはありますか?


K「悪寒戦慄の有無とバイタルをまずは知りたいです」


T「そうだね、救急だしね」


悪寒戦慄なし

バイタル

T37.6,  BP 104/78,  P  79,  SPO2 94% , RR 14

見た目 お元気そう 自分で歩ける 会話可能


T「バイタルは大丈夫そうですね、見た目も元気なようです

    ゆっくり話を聞いてもいいようですね。」


K「どれくらい動ける人ですか?」


発表者「一応、介助は必要なく、身の回りのことは自立していますが、

    一日のうちで寝ている時間が長い人です。」


T「いい質問ですね。担癌患者さんのADLは非常に大事です。なんで大事かわかる?」


K「PS:performanse statusの度合いで、治療ができるかどうかが変わるからですか?」


T「その通り!よく知ってるね。笑

  PSを把握することは、担癌患者さんの診療を開始するスタート地点になります。


  この人のPSは何かな?」

 

0:まったく問題なく活動できる。発症前と同じ日常生活が制限なく行える。
1:肉体的に激しい活動は制限されるが、歩行可能で、軽作業や座っての作業は行う ことができる。例:軽い家事、事務作業
2:歩行可能で、自分の身のまわりのことはすべて可能だが、作業はできない。日中の50%以上はベッド外で過ごす。
3:限られた自分の身のまわりのことしかできない。日中の50%以上をベッドか椅子で過ごす。
4:まったく動けない。自分の身のまわりのことはまったくできない。完全にベッドか椅子で過ごす


K「3ですか・・・・?」


発表者「多分それくらいだと思います」


T「そうなると、ケモは難しいかもしれないね。

  今回は担癌患者さんの発熱という切り口で考えてみよう。

  どうやって、この症例を解きほぐしていけばいいかな?」


M「癌がある場所で感染が起こっている可能性があるので、

  この方の癌のProfileをまずは確認したいです。」


T「癌のProfileって何?」


M「癌によって解剖学的な構造異常や閉塞が起こる可能性がありますので、

  どこの部位の癌で、stageはどれくらいかを把握します。

  転移先で悪さすることもあります。


  そして、癌に対する医療介入は何かないかをチェックします。

  例えばポートが作ってあったり、手術や放射線治療がされていないかどうか?

  今回のようにステントが入っているかどうかも重要です。


  さらに腫瘍や治療に伴う免疫不全状態はないか?ということを確認したいです。」



T「ありがとうございます。素晴らしい!

  そうですね、付け加えると担癌患者さんの診療を始めるステップとしては、

  

  ①告知してあるかを確認する

    超高齢であったり、認知症が背景にある場合、

    家族の希望から告知してない場合もあります

    未告知の人に癌の話をいきなり始めるわけにはいきません


  ②次にPSや認知症の有無を確認する

    認知症の有無は本人からの病歴がとれるかどうかに直結します

    PSは元々のベースを知ることで、目の前の患者さんの具合の悪さがわかります

    PS:3、認知症:なし


  ③癌のProfileを把握する

    診断(stage):下部胆管癌(stage Ⅲ)

    病理:高分化型腺癌(20XX年Y月Z日)

    手術:なし  放射線治療:なし

   <治療経過>

    抗がん剤の使用歴:なし

    ステロイド使用歴:なし

    処置:ステント留置あり(2ヶ月前)

   <最終画像検査>

    2ヶ月前

      

 ④主治医が誰か確認をします

  担癌患者さんの治療方針を決めるのは容易ではありません

     そこで主治医の先生に直接相談して決めることは、他の疾患と比較して多い気がします

     主治医の先生も相談されて、嫌な顔をする人はいません


 ⑤最後に予後の見積もりとACPを確認します

   末期でBSCの方針なのか

   ACPが一度もされていなさそうな人なのか



   癌患者さんの診療が苦手な人も多いと思います。

   なぜかというと、普段と同じように、いきなり診察をはじめてしまうからです。

   

   そうすると、過去(腫瘍の診断時のことや治療歴)と現在(発熱)の情報が、

   行ったり来たりして、頭の中がごちゃごちゃになります。


   まず、担癌患者さんを診察するときには、(順番はどうでもいいのですが)

   この5ステップを踏むことで、パニック状態にならずに診療に臨むことができます。」


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身体所見


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ディスカッション②鑑別は?


T「身体所見はあんまり目立った異常はないようです。

  みなさん、何を考えますか?」


K「胆管癌でステントが入っているので、胆管炎が一番ありうるかなと思います。

  あとは、腫瘍熱はあるかなと思いました。

  元気だということで、薬剤熱とかも鑑別ですか?」



T「そうね、いつも薬・クスリ・くすりって言いまくっているけど、

 今回はどうだろうね。あんまり薬も飲んでいないから、普通に感染症かなって気がしますね。


 感染症かなと考えたら、いつもの三角形で考えましょう。みなさん覚えていますか?



 真ん中に宿主(host)がいて、ここが一番大事です。

 僕のオリジナルでは、この宿主の中に逆三角形をイメージします。


  免疫状態・余力(全身状態)・曝露の3つを考えます。

   

 宿主が大事!ということは口すっぱく言われますが、

 実際何を聞けば良いかということ、この3つです。  


 今回は免疫の部分で担癌患者さんということでしたので、

 さらに癌のことを詳しくカルテチェックする必要がありました。


 そして、感染臓器と原因微生物を推定することができれば、病名がわかります。

 肺炎球菌による肺炎や大腸菌による腎盂腎炎とかです。

 

 病名が決まれば治療が決まるかというと、実はそうではありません。


 病名が決まってから、治療に踏み切るために、

 もう一度、宿主(host)のことを考える必要があります。


 宿主の全身状態やバイタル、免疫不全状態はどうか、肝機能・腎機能はどうか、

 といったことを考慮して、治療に踏み切ります。


 


参考:感染症の三角形と逆三角形


T「さて、では鑑別疾患や今後の検査をSGDしてみましょう!」

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スモールグループディスカッション①


 



K「感染か、非感染かで考えると、胆管癌があってステントが留置されているので、

 胆管炎の可能性が高いかなと思いました。

 あとは、focus不明になりやすい感染症、例えば前立腺炎などを考えて直腸診を行なっても良いかなと思いました。」


発表者「今回は胆管炎を一番に疑っていたので、直腸診まではしていません。」


T「検査は何をしますか?」


K「検査としては、血液検査、尿検査、血液培養、超音波検査、CTを行います。


 感染症でなければ、血栓ができても発熱が見られるので、

 下肢のDVTとかは調べても良いかなと思いました。」



T「胆管炎の可能性は高いけど、そうでなかったら・・・

  ということまで考えているところが素晴らしいですね。

 

      focus不明になりがちな感染症のくくりがあることを知っておくのが重要ですね。」



 流石に15個は覚えられないなと思ったので、4つに分類しました。

 ①診察に一手間かかるシリーズ
 ②痛いと言わないシリーズ
 ③検査でしかわからないシリーズ
 ④時間が経たないとわからないシリーズ





T「ちなみにC Tは単純ですか、造影ですか?」


K「うーん、膿瘍を疑うなら造影ですかね・・・」


T「そうだね、あとは肺炎まで疑うなら胸部も撮るかどうかかな。」

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経過


発表者「結局、胸部のCTで肺炎像があり、今回は肺炎と診断しました。
    ですが、全く痰が出なかったので、治療に悩みました。
   
    あと、前回の入院時にせん妄が酷かったので、今回入院してもらうかも悩みました。
    みなさんならどうしますか?」


T「なるほどね、胆管炎だと思ったら、実は肺炎だったという症例だったんですね。
  肺炎も呼吸器症状ない人いるよね。

  早期閉鎖せず、しっかりと診断できて素晴らしいです。


  あとは治療ねえ・・・
  

  感染臓器までは分かったけど、微生物がわからないパターンですね。
  痰を出す努力は必要かと思いますが、どうでしたか?」


発表者「全く痰は出そうになかったです。
    ですが、そう思い込んだだけだったかもしれないので、誘発はしてもよかったと思いました。


T「わかりました。

  まさに今回のようなシチュエーションが、さっき言っていたことで、
  病名が分かっても、治療が決まるわけではありません。
 

  宿主を考えた時に入院治療が必ずしもベストかはわからないという状況ですね。
 
  じゃあ、SGDで考えてみてください!」
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スモールグループディスカッション②




T「ということで・・・

  今回は入院は家族も本人も希望されず、外来治療を選択されました。
  抗生剤はオーグメンチン・サワシリンで、治療は完遂できたようです。

  素晴らしいプラクティスだったのではないでしょうか。

  
  今回の症例はGIMに出てくるような派手な症例ではなく、
  日常でよく出会う、それでいて実は非常に困る症例です。

  こういった症例を丁寧に振り返り、みんなで共有することが大事なんだと思います。
  症例提示してくれて、ありがとうございました。
  


  今回の症例は、

  担癌患者さんの発熱 
        感染症診療の三角形・逆三角形 
        focus不明になりやすい感染症シリーズ  
      

 3つを駆使して、今回の症例を解きほぐすことができました。

 今回の考え方は、臨床をしていると何度も使う考え方です。
 頑張って思い出すのではなく、自然に頭で考えてしまうくらいまで馴染ませましょう。


 そのためには反復練習しかありません。大事なことは何度も出てきます。
 またよろしくお願いいたします。」


まとめ
・担癌患者さんの発熱を恐れない
→癌のProfileをカルテや画像で確認する

・感染症かな?と思ったら、感染症の三角形と逆三角形を頭にイメージする
→宿主の状態で確認することは、免疫状態・全身状態・曝露

・病歴と身体所見で、感染のfocusが不明だとしても焦る必要はない
→①診察に一手間かかるシリーズ
   ②痛いと言わないシリーズ
   ③検査でしかわからないシリーズ
   ④時間が経たないとわからないシリーズ
   のどれか考える

気腫性骨髄炎

 

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