60歳代 男性
主訴:自宅で倒れた(※症例は修正・加筆を加えてあります)
救急車で来院
救急隊からの情報:家族から救急要請
朝から具合が悪そうだった
急にバタンという音がして、見にいくと倒れていた
救急車を呼んで5分くらいで意識は戻ってきた
鼻血が出ており、顔面に擦過傷がある
救急車内のバイタルは、意識がJCS一桁
BP 111/85, P 70, SpO2 95%, RR 22, T 35.7
特に麻痺はなく、会話可能
瞳孔不同なし
あと10分後で到着予定。家族は後で来院予定
------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
Q, 10分間で何をしますか?
T「はい、あと10分後に来られます。
皆様だったら、この間に何をしたいですか?何を考えますか?」
G「失神なのか、意識障害なのかを考えます。
失神であれば、不整脈が心配なのでモニター心電図をつけて
12誘導心電図をとりたいです。
意識障害の可能性もあるので、デキスターで血糖測定を行いたいです。」
T「素晴らしいですね。その通りです。
他に10分間待っている間に何かしたいことはありますか?」
K「カルテをチェックしたいです。当院かかりつけですか?」
T「そうですね、カルテチェック大事です。
カルテから情報をすぐに吸いあげることは、一つの技術です。
コツは色々あります。
・入院したことがあれば退院サマリーを見る
・サマリーがない時は他院への紹介状を探す
・画像を確認する(元々、脳や腹部に動脈瘤があるかをチェック)
・読影一覧を見る(読影依頼を読むと既往がわかることもある)
・採血結果、心電図などの検査歴をチェックする
この方はどうでした?」
E「ドックでかかった時に胸のCTが撮られていましたが、異常はありませんでした
他に情報やカルテはありませんでした」
T「ありがとうございます。ではそろそろ10分経ちましたね。
患者さんに到着してもらいましょう」
--------------------------------------------------------------------------------------------------------------
ではそこに患者さんが実際いると思って、病歴をとってみてください
G「ここはどこかわかりますか?」
Pt「ここどこですか?病院ですか?」
G「病院です。お名前いえますか?」
Pt「〇〇です。今何時ですか?
ここは・・・病院ですか?」
G「ここは病院です。今日は何があったか覚えていますか?」
Pt「今日・・・わかりません。倒れたんですか?
ここは・・・病院ですか?」
G「はい。病院です。今は何月何日かわかりますか?」
Pt「うーん。わからないです。
ここは・・・病院・・・ですか??」
------------------------------------------------------------------------------------------------
E「といった感じで、何度も同じことを聞いていました。
他には、手足の麻痺はありません。動かしにくさもないです。
痺れやめまい、吐き気、動悸、頭痛や胸痛など、どこかが痛いということもありません。
既往は糖尿病や脂質異常症で近医から薬をもらっているようですが、
何を飲んでいるか詳細不明でした。」
T「はい、ありがとうございます。
バイタルも救急隊からのものと変わりはないようです。
血糖や心電図はどうでしたか?」
E「血糖は116と正常でした。
心電図もST-T変化はなく、洞調律でした。
肺塞栓を疑うようやS1Q3T3や陰性T波はありませんでした。」
----------------------------------------------------------------------------------------------------
Q、追加で病歴や診察で加えたいことはありますか?
T「他に聞きたいことはありますか?」
G「こういうのは初めてですか?」
E「はい、はじめてのようです。」
G「朝はなんともなかったんですか?」
E「わかりません。本人の記憶がないのでよくわかりませんでした。」
T「ありがとうございます。この状態をProblem listにすると、
何という医学用語に落とし込めますか?」
G「失神ですか?」
T「そうですね、一見、失神のように見えますが、
失神の定義を思い出してみてください。
失神は一過性の脳血流低下に伴い意識消失を起こしますが、
基本的にはフルリカバリーする病態です。
この方はフルリカバリーしていませんね。この時点で失神とはいえません。」
G「では意識障害として考えます」
T「そうですね、一見、意識障害のように見えますね。
ですが、本当に意識障害でしょうか。
意識障害と間違いやすい症候群があります。
失語と難聴は意識障害と間違えてしまうことがあります。
そしてもう一つ、記憶障害です。
この方は、開眼しており、会話もできます。さらに指示も入ります。
意識はしっかり保たれている印象がありますね。
見当識障害があるので、意識が清明とはいえませんが、
メインとしてのProblemは、記憶障害だと思います。
そうすると、記憶障害、つまり健忘は、前向性と逆向性健忘に分けられます。
記憶に関する脳障害が発現した時点が明らかな場合は、
障害時点以降の情報の記憶障害を前向性健忘といい、
障害以前の情報の記憶障害を逆行性健忘と呼びます。
そのため、逆行性健忘がどこから始まっているかを確認する必要があります。
また前向性健忘があることの証明をするために、自分の名前を覚えておかせる必要があります。
今回はどちらもありそうです。」
E「はい、名前は覚えさせませんでしたが、時間はお伝えしたものの、
何度も聞かれたため、前向性健忘はあったと思われます。
逆行性健忘に関しては、振り返ってどこから覚えているか、
どこからの記憶がないか、までは詳細に確認していませんが、
当日の記憶はありませんでした。」
T「はい、ありがとうございます。
では今後の検査やプランを考えるために、鑑別疾患を挙げてみましょう。」
---------------------------------------------------------------------------------------------------------
Q、鑑別は?
G「低血糖発作、てんかん発作とかでしょうか?」
T「いいですね、ではてんかんを疑ったら、次は何をしますか?」
G「脳波を撮りたいです。」
T「そうですね。脳波とりたいですよね。でも脳波はすぐにはとれません。
脳波をとる前に、病歴で聞いておきたいことはありますか?」
g「前兆とかですか?」
T「そうですね、てんかん発作の場合は(脳梗塞の場合も)必ず、
どこの部分の発作かを考えるようにしましょう。
今回はてんかん発作があるとすれば、どこになるでしょうか?」
K「記憶障害が出ているということは、海馬や側頭葉とかでしょうか」
T「その通りですね、側頭葉てんかんの可能性はあると思います。
そうすると他に聞きたいことはないですか?」
K「匂いの変化とかでしょうか?」
T「素晴らしい!その通りです。
他には、上腹部不快感(吐き気)、デジャブ感といった前兆があったかどうか知りたいですね。」
E「そこまでは聞いていませんでした。」
T「わかりました。てんかんの検索をもう少しするのであれば、
入院してから脳波をとるという方針でしょうか?」
G「はい、入院して経過はみた方が良いと思います」
T「わかりました。他の意見ありますか?」
K「SAHも鑑別でしょうか?」
T「鑑別になりますし、鑑別の上位ですね。
SAHは痛くない時もまれにあります。
ただ、あえてSAHっぽくないところを挙げるならどこでしょうか?」
K「えー・・・頭痛がないところでしょうか。」
T「頭痛がないSAHは確かにっぽくないですが、
頭痛がないSAHもあります。
J Stroke Cerebrovasc Dis . 2016 May;25(5):1208-1214
Atypical Presentation of Aneurysmal Subarachnoid Hemorrhage: Incidence and Clinical Importance .
日本から報告されたこの論文では、SAHの3.8%に頭痛がなかったようです。
頭痛のないSAHは、atypical presentaitionと称されており、
診断間違いや診断遅れが多く、
その結果、再破裂をきたし、予後が悪くなっていました。
この症例でSAHらしくないところは、バイタルです。
血圧が上がっていませんでしたよね?
SAHにも関わらず血圧が上がっていない時は、たこつぼ心筋症を合併しているとか、
出血性胃潰瘍を合併しているとか、血圧が下がる+αの要素を考えた方が良いです。
さて、てんかん発作やSAHが鑑別にあがりました。他にはいかがですか?」
U「不整脈」
T「そうですね、失神と考えるのであれば、不整脈、特に徐脈を考えたくなります。
今回の受傷は受け身が取れず、バタン!と倒れています。
いわゆる、drop attackです。
drop attackとは姿勢を維持する筋の脱力または
脚の筋の異常収縮によって生じる突然の転倒です。
これは、一気に脳血流が減るような徐脈性不整脈やSAH、
てんかん発作でみられる病態であり、かなり鑑別が絞られます。
drop attackの場合、意識があるかどうかが重要です。
意識がある状態でもdrop attackは起こります。
snap diagnosisとして、意識消失のないdrop attackの診断はただ一つです。
それは、前庭性drop attack、つまりメニエール病の発作です。
前庭性drop attackはTumarkinによって最初に報告されたためTumarkin otolith crisisと呼ばれます。
知っていれば、診断は容易です。
患者さんは「地面に急激に引っ張られたような感じ」と表現されます
JAMAにビデオがありました。衝撃映像です。
Tumarkin Drop Attack Recorded by Video Surveillance
頻脈性の不整脈で意識を失う時は、
ヘナヘナ〜(コナン君が麻酔針を使って、毛利小五郎を寝かせる時のような感じ)
と失神していくため、drop attackになりにくく、外傷を伴うリスクは減ります。
重大な外傷を伴う失神をみた場合は、失神というカテゴリーに加えて、
drop attackである。という認識を持ちましょう。
さて、他に鑑別はありますか?」
U「SAH以外の脳出血とか、脳梗塞とか。」
T「そうですね。海馬がやられるパターンの脳梗塞でもよいかもしれませんね。」
U「あとは倒れて頭を打っていそうなので、脳震盪とか。」
T「ありがとうございます。結果としての脳震盪はあってもよいですね。
他に鑑別はどうでしょうか?」
W「全向性の健忘がありそうなので、一過性全健忘(TGA)は鑑別になります。
ただし、TGAは外傷がないことが前提になっているので、
この症例では外傷を伴っていることから、違うのですが、
外傷+TGAのような状態でもよいかもしれません
TGAを起こすような息みや怒責がなかったかは確認したいです。」
T「はい、ありがとうございます。
そうですね、会話のパターンからはTGAっぽいですよね。」
T「ありがとうございます。
その通りですね。今起きている事象だけではなく、
遡って考えていく必要がありそうですね。
色々、鑑別が出ましたが、一度、Problem listとして整理してみましょう」
------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
60歳 男性 主訴:自宅で急に倒れた
救急隊からの情報:家族から救急要請
朝から具合が悪そうだったの
急にバタンという音がして、見にいくと倒れていた
救急車を呼んで5分くらいで意識は戻ってきた
鼻血が出ており、顔面に擦過傷がある
<problem list>
#a drop attack
-1 顔面擦過傷 -2 鼻出血
#b 全健忘
#c 朝からの体調不良
#1 糖尿病で治療中(詳細不明)
#2 脂質異常症で治療中(詳細不明)
血液検査:トロポニン0.07とごく軽度高値、それ以外は問題なし
ガス:異常なし
単純CT:頭蓋内に出血なし、顔面骨の骨折なし
UCG:やや心臓は全体的に壁運動低下あり
---------------------------------------------------------------------------------------------------
Q、どうマネージメントしますか?
T「さあ、一通り検査が出揃いました。
皆様ならこの後、どうしますか?」
G「入院してモニターをつけながら、失神の精査をして、
脳波をしたいです。」
T「素晴らしいですね。他にご意見ある人はいますか?」
・・・・・
T「はい、ありがとうございます。みなさん、同じ意見ですかね。
では、僕の診断をお伝えします。
この症例は肺塞栓か、もしくは、心筋梗塞+不整脈です。
そのため、この時点で造影CTを撮りにいきたいです。
もちろん、心電図の再検やトロポニンの再検も行います。
理由は、トロポニンの軽度上昇です。
腎機能が良いにも関わらず、トロポニンがわずかでも上がっているのは、
無視してはいけません。絶対におかしいです。
この方は確実に心臓に何かが起きています。
その何かが、肺塞栓か心筋梗塞だと思います。」
E「はい、ありがとうございます。
自分もトロポニンのわずかな上昇を重くとらえて、
この結果をみて再度心電図を撮りました。
すると、来院時はみられませんでしたが、
Ⅱ、Ⅲ、aVfでST-T上昇が出現していました。
reciprocal changeもありました。
ということで、STEMIと診断しすぐに緊急カテーテル検査となり、
#3が閉塞していました。」
T「なるほど、STEMIになっていたのですね。
でもST上がっていてよかったですね。
上がっていなかったらどうしていたんですか?」
E「どうしてたんでしょうね・・・
後で遅れてやってきた妻に病歴を聞くと、
朝方、胸を痛がっている様子があったと、お話されていました。
なので、ACS疑いでモニターをつけながら入院で経過をみていたと思います。」
T「やはり、胸痛はあったんですね。
ですが、外傷契機の脳震盪で来院時は、全健忘になってしまっており、
胸痛の病歴が本人から聴取できなかったのが、難しかったですね。
drop attackの原因は、VTでもよいのですが、
右冠動脈閉塞に伴うSSSやコンプリートAV blockだったのかもしれませんね。
いや〜、すごい経過でしたね。」
症例の病態まとめ
①右冠動脈閉塞 → ② 徐脈性不整脈(疑い)→
③ drop attack → ④ 顔面外傷 → ⑤脳震盪(全健忘)
まるでドミノ倒しですね
外傷によってTGAのような状態で来られてしまうと、病歴が抜けてしまうので、
診断が非常に難しくなるということがよくわかりました。
こういった症例の考え方としては、
いわゆる根本原因分析(RCA:Root cause analysis)で考えるとよいかと思います
つまり、「なぜなぜ」を繰り返す分析アプローチです
「なぜ、発生したのか」と原因を掘り下げていきます
この方に会ってまず、思うことは、
「なぜこの人は今、TGA様の状態なのか?」
「TGAは外傷があってはいけないが、全健忘は外傷が契機なのか?」
「ではなぜ、外傷を起こしたのか?」
「失神で外傷を伴うとしたら、それはdrop attackではないか?」
「drop attackといえば、意識があったのか?」
「意識がないdrop attackといえば、
急激な脳血流downによるものであり、徐脈性不整脈が原因ではないか?」
「では、なぜ徐脈性不整脈が起きたのか?」
「SNやAVNを栄養している血管の閉塞が原因か?」
「そう考えると、朝の具合の悪さはACSだったのか?」
今回の症例では問題点はいくつかありましたが、根本的な原因はたった一つでした
#a drop attack
-1 顔面擦過傷 -2 鼻出血
#b 全健忘
#c 朝からの体調不良
#1 糖尿病で治療中(詳細不明)
#2 脂質異常症で治療中(詳細不明)
全てのproblemが心筋梗塞に収束していくという診断過程が共有できてよかったです
真実はいつも一つとは限りませんが、
今回は一つの疾患が全ての引き金になっていましたね
ありがとうございました
まとめ
・多発するproblemが目の前に現れたら、
時系列に沿って考え、根本原因分析(RCA:Root cause analysis)を行なう
・顔面外傷やTGA病態といった目の前の目立った表現系に目を奪われることなく、
根本の原因を見失わないようにする
0 件のコメント:
コメントを投稿