現病歴:バイクを運転中に転倒し、救急搬送
内服:なし
既往:なし
生活:ADLフル、飲酒なし
バイタル:BP60/40、P 100、T 36.5、SPO2 96%
意識 清明、末梢 冷たい
PS(primary survey)
Cの異常あり →外液500mlで血圧安定(responder)
FAST negative
骨盤Xp 骨盤骨折あり
trauma panscan 骨盤骨折あり(骨盤輪は保たれている)
実質臓器の損傷なし:肝損傷や脾損傷なし
肝形態 普通、腹水なし、脾腫なし
胆嚢は浮腫状、食道静脈瘤は確認できず
腹腔内の脂肪織濃度が全体的に上昇あり
血液検査 Hb9、Plt 8万、凝固 PT-INR 1.6、APTT 120>
AST 200、ALT 180、LDH 350、ALP・γGTP上昇あり、Alb 2.8
Tbil 2、BUN 20、Cr 0.9
HBs抗体陰性、HBs抗原陽性、HCV抗体陰性
生来健康な40歳男性が、バイクの単独事故で救急搬送
骨盤骨折あり、一時ショックバイタルであったが、外液のみで改善し、responderとして対応
今後の待機的に手術が予定され、整形外科入院となった
しかし、謎の凝固異常あり、内科にコンサルト
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ディスカッション①この凝固異常はなんでしょうか?
整形Dr「この凝固異常はなんなんでしょうか?
元々肝臓悪かったり、凝固が異常な人なのでしょうか?」
T「うーん、でも結構な外傷でショックにも一時期なっていたので、
ただの外傷からの出血性ショックによるDICでいいんじゃないでしょうか?
今後、手術を予定されているのであれば、FFPとRCCは入れた方が良いと思います。
肝臓の値は若干上がっていますが、ショックリバーになりかけたのかもしれません。
ですが、ショックリバーにしては、値がしょぼいです
経過みながら、他の原因も考えていこうと思います
本人に聞いてみると、子供の時からHBVキャリアと言われていたようです
これまで肝臓が悪いとは言われてこなかったようですし、
お酒も薬も飲んでいない人なので、
ひとまず、肝障害や凝固異常は外傷に伴うものとして考えて良いのではないでしょうか?」
整「わかりました、FFPとRCC入れて手術に望みます。
でもなんだか、この外傷でこんなに血が出るかな・・・
という印象で、何かが変なんですよね・・・
ALbも低めですし。」
T「Albは急性の出血の時には結構下がりますので、徐々に回復すると思いますよ」
整「わかりました」
手術後、バイタル変動なく、数日経過
術後経過は良好であったが・・・・
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経過
Pt「なんだか数日でお腹が張ってきました。」
身体所見
バイタルは安定、熱もなし
意識清明
腹部 圧痛ないが、明らかに張ってきている
羽ばたき震戦なし
感染のfocusとなるような所見なし
血液検査 Plt 5-10万台を推移、凝固はINR1.5前後を推移、
AST,ALTは100ー200前後を推移、Albは2.5前後を推移
Tbil 2前後を推移、腎機能問題なし
1週間後の造影CT:来院時はなかった腹水出現、肝臓の萎縮あり、門脈血栓なし
これは一体・・・・
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ディスカッション②外傷による一時的なショックの後の急性肝障害の原因は?
整「先生、腹水が出てきました。
肝臓の値も悪いままですし、凝固も戻ってきません。
外傷による出血という感じでもないですし、何が起きているのでしょうか?」
T「うーん。ちょっと考えますね。
とりあえず、薬は全て中止しましょう。」
急性肝不全の原因の覚え方はABCsというものがあります(by up to date)
A:アセトアミノフェン、HAV、Autoimmune(自己免疫)、アデノウイルス
B:HBV、バッドキアリ
C:Cryptogenic、HCV、CMV
D:HDV、drug
E:HEV、EBV
F:fatty infiltration(acute fatty of pregnancy),Reye's syndrome
G:genetic(ウィルソン病)
H:hypoperfusion(虚血性肝炎、敗血症)、HSV、hemophagocytic
I:infiltration by tumor
うん、覚えられないですね。笑
ということで、いつも通りのVINDICATEで考えます
今回のイベントとしては、
①一時的にショックになった
②予防的に抗生剤が入った
③痛み止めとして、アセトアミノフェンやNSAIDsが通常量入った
元々の情報としては、
①肝臓が悪いと言われたことはなかった
②子供の頃にHBVのキャリアと言われた
③両親は肝臓は悪くなかった
④輸血したことはなく、今回がはじめて
⑤MSMではない
⑥お酒は飲まず、違法薬物は打っていない
肝臓が急に悪くなっている人をみたら
肝臓が悪くなっている人をみたら、まずは原因も大事ですが、
①激症化してこないかに気を配る必要があります
臨床の大事な考え方として、
この患者さんの行き着く先はどこなんだろう?と想像してみることがあります
この患者さんの行き着く先はどこでしょうか?
急性肝障害からの激症肝炎です
そうなると、治療はもちろん移植です
PT時間やINR、意識状態に気を配る必要があります
今回は、INRはずっと1.5前後を推移しており、どんどん悪化しているという感じではありませんでした
意識状態もずっと清明であり、肝性脳症が出現している感じはありませんでした
ただ造影CTにて肝萎縮や腹水が出現しており、これは嫌な兆候です
②激症化に気を配りつつ、次に原因を探ります
このタイミングで自己免疫とか、急性の感染症は考えにくいかもしれませんが、
ありえるかもしれません
血液でわかるものは提出しておきましょう(HAV,HBV,HCV,HEV,HSV,ANA,etc)
薬に関しては、疑わしいものは全てやめます
今回、輸血が行われましたが、輸血による肝炎ウイルスの感染症はどうでしょうか?
流石に数日後なので早すぎますね
造影CTでは門脈や肝動脈に血栓はなかったですし、
肝損傷を疑う所見もありませんでした
やっぱり、ただショックリバーが遷延しているだけなのか???
そういえば、この方はHBVのキャリアと言われていました
???
そもそも、HBVキャリアってなんだ?
HBVを持っているけど、悪さしていなくて、落ち着いている状態のことか?
HBVのProfileについて、改めて調べないといけないな・・・
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HBVについて
HBVのいやなところは、抗原と抗体がたくさんあって、
何を測ればいいのか、よくわからないということですね
知った気でいましたが、改めて勉強し直すと、とても奥が深いことに気がつきました
まずはHBVのウイルスの構造をみてみます
それぞれの検査の意味についてみていきます
結局、どんな状態であるかを知りたいかで、測定する項目が変わってきます
up to dateにわかりやすい図があるのでご参考ください
HBVの感染経路の多くは垂直感染です
母から子供へ血液を介して感染します
ですが近年では、性行為で感染するジェノタイプAが流行してきています
これは成人で初感染して慢性化することが多いとされています
ですので、ジェノタイプAのHBV感染をみた場合は、MSMの確認が必要になります
今回はこれまでのよくある感染経路である母子感染の流れをみていきます
免疫応答が起こるまでは同じ流れをとることが多いですが、
その後の流れが複雑です
それぞれの時期は移行しますし、全ての時期を経るわけでもありません
以前、無症候性キャリア(免疫寛容期)や非活動性のキャリア(HBe抗体陽性無症候性キャリア)だったとしても、いつの間にか肝炎を起こしていることがあります
一度、安定した状態にいたからといって安心できないのが、HBV感染の落とし穴です
HBVウイルスは遺伝子を肝細胞の中に組み込むので、
HBs抗体やHBe抗体ができた(セロコンバージョン)としても、遺伝子レベルでは排除できません
ですので、肝酵素の上昇がなくて、落ち着いているキャリアの人でも、
定期的なフォローが必要になります
HBVによる慢性肝炎や肝硬変の場合は治療すべきです
HBV-DNAやALTの値、年齢、ジェノタイプを考慮して、
治療に入ります(治療の詳細はガイドライン参照して下さい)
B型肝炎治療ガイドライン 2019
問題は急性の肝不全の場合です
HBVによる急性肝不全はいくつかのパターンがありますが、
すぐにこれらの病態を見分けるのは難しい時があります
肝不全が進行していってしまう症例の場合、HBVのどの病態によるかは置いておいて、
早期から抗ウイルス薬を使うことが推奨されています
今回の症例の結論としては、
HBs抗原:著明高値
HBe抗原:著明高値
HBs抗体:陰性
HBe抗体:陰性
HBc抗体:陽性
IgMHBc抗体:弱陽性
HBV-DNA:高値
ジェノタイプ:C
ALT:100以上
凝固:INR1.5
Tibil 4→2
Alb:2.8
肝臓:画像上の形態変化軽度(辺縁鈍化なし)
脾腫:軽度
腹水:途中で出現し、経過中に消失
追加情報
数年前から健康診断の血液検査で肝障害を指摘されていたが、忘れていた
ということで、子供のころは無症候性キャリアであったが、
成人になり慢性肝炎を発症し、知らない間に肝硬変の状態まで悪化していた
今回、交通事故でそれが偶然発見された症例
来院時はショックバイタルでもあり、
入院後の肝機能低下や腹水はショックリバーの影響や薬剤性肝障害が鑑別になったが、
HBVのProfileからは、HBVによる肝硬変の状態に急性の増悪が加わった
acute on chronic liver failure(ACLF)であると考えた
入院後、腹水は自然軽快し、Bil上昇も自然に軽快認めたため、
ACLFになった(もしくはなりかけた)が、自然軽快したと判断した
ただ、HBVの急性増悪の可能性もあったため、
血液検査の結果が揃う前からでも、抗ウイルス薬は使用を検討してもよかったと思われる
HBVのProfileが揃ったため、抗ウイルス薬の適応であり、
今後は抗ウイルス薬の治療を専門家主体で行なっていく予定
まとめ
参考文献:Journal of Hepatology 2012 vol. 57 j 1336–1348
uptodate
hospitalist vol 6.No.3 2018 肝胆膵
B 型肝炎治療ガイドライン (第3.1 版)
You tube解説動画:B型肝炎 解説動画
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