鑑別診断
76歳女性での、2型糖尿病、閉塞性睡眠時無呼吸、冠状動脈疾患、駆出率低下心不全等の病歴は、悪心、腹痛、非血性下痢等の評価で参考となる。本例の鑑別診断の最初のステップは、これらの症状を惹起した可能性のある一連のイベントを再構築することである。
●最近の医療イベント
本患者は、うっ血性心不全管理目的で約3か月前に入院し、利尿剤(トルセミドとスピロノラクトン)処方で退院した。その際体重は127kg。4週間前の転倒後、再入院となった時点で、体重は約4kg低下していたことが判明した。BUNと肝機能検査値が以前の入院中の値よりも上昇した。退院後、下肢浮腫の治療目的で、利尿剤のメトラゾンが追加された。
この背景を念頭に置くと、現在の急性腎不全状態、悪心、下痢症状等が考慮可能となる。入院直後では、BUNとCrの著明増加が判明した。
●急性腎不全
本患者の急性腎不全の原因は?腎不全の原因は、通常、①腎前性、②内因性腎疾患、と③腎後性の3つのカテゴリーに分類可能である(表2)。
腎臓損傷による腎後性要因(③)は、解剖学的理由から一般的に女性よりも男性に多い。本患者での腎超音波検査の結果から、両側性水腎症と腎結石症は除外された。これらから、本患者の急性腎不全の原因は腎前性か、内因性腎疾患なのかを検討する必要がある。
● 腎不全の腎前性原因
本患者は、「糖尿病とうっ血性心不全の病歴があり、嘔気、腹痛、非血性下痢等の評価目的で来院し、利尿剤も増量された腎前性腎不全を呈す入院となった76歳の女性」と最初は要約される(Ⅰ)。
この枠組みは、臨床症状とCr増加からみて論理的であるが、嘔気、腹痛、下痢等は、利尿薬誘発腎前性腎障害とは合致しないし、BUN/Cr比率は20未満であり、尿中Na 20mmol/l以上で、FeNaは1%を超える。利尿剤は来院24時間以上前に中止されたため、FeUNよりはFeNaが計算される。
全体として、これらの所見は急性腎障害の腎前性原因(①)とは合致せず、内因性腎障害(②)をより示唆する
● 内因性腎疾患
内因性腎疾患の原因には、1:糸球体疾患、2:急性尿細管壊死、3:急性間質性腎炎等のカテゴリーに分類できる。しかし、本患者の年齢、腎障害の時間経過、身体所見正常、尿中赤血球欠如、好酸球増加欠如等は、糸球体疾患、アレルギー性、自己免疫性、感染性、浸潤性急性間質性腎炎(infiltrative ATN)とは合致しない。
したがって、次のように症例をまとめなおし(refine my summary statement)てみる(Ⅱ)。
「本患者は76歳女性で、糖尿病とうっ血性心不全の病歴を有し、嘔気、腹痛、非血性下痢等の評価目的に来院し、利尿薬の大量(aggressive)使用により急性尿細管壊死を有することが判明した」と。
●胃腸症状と急性尿細管壊死の整合性(reconcilation)
最終的診断に近づいていると思うが、急性尿細管壊死に合致しない胃腸症状については未説明である。本例では、胃腸症状と急性尿細管壊死を別々に評価し、両方に当てはまる可能性のある診断を確認する。
急性尿細管壊死を始めとして(starting)、「利尿薬過剰使用による急性腎不全」との作業仮説である。
乾燥粘膜と、通常以下の低体重値は、過剰利尿を支持する。本患者は、メトプロロールにより頻脈反応が抑制されているか、日頃の心拍数よりも現在は頻脈である(どちらかの)可能性がある。腎梗塞も考慮されるが、本患者の腎機能障害の程度からは、両腎の梗塞でないと説明不可能であり、腹痛なく、(腎梗塞は)考えにくい。
身体所見、X線所見、検査値等からは、腎結石症、水腎症、腎盂腎炎なども考えにくい。未整合の患者症状の1つの側面は、酸塩基平衡(障害)である。アニオンギャップ(AG)が29mmol/lであり、代謝性アシドーシスが存在し、AG(増加型)代謝性アシドーシスに合致する。
乳酸値が著明上昇しており、乳酸アシドーシスが原因のAG(増加型)代謝性アシドーシスの可能性がある。 Wintersの式は、代謝性アシドーシスとの関連で呼吸代償によるPaCO2分圧の予測式である。Wintersの式(PaCO2 = 1.5×[HCO3-] + 8)に基づくと、本患者の代償PaCO2は41 mmHgとなる必要がある。PaCO2実測値の57 mm Hgよりも著明に低下しており、呼吸性アシドーシス合併(concurrent)も存在する。合併呼吸性アシドーシスは、閉塞性睡眠時無呼吸による慢性的二酸化炭素貯留の可能性や、差し迫る高炭酸ガス性呼吸不全の警告の可能性等があるだろうか?
酸塩基平衡異常の判断には、重炭酸の変化(Δ[HCO3-])に対するAG変化比(ΔAG)であるデルタ-デルタ(Δ/Δ)を判断する必要がある。このデルタ-デルタ([AG–12]÷[24– HCO3-])は、代謝性アシドーシスまたはアルカローシスの同時発生の存在を示す可能性がある。本患者のデルタ-デルタは2以上で、代謝性アルカローシスの併発を示唆している。
代謝性アルカローシスは、おそらく①腎クリアランス低下、または②利尿剤に起因するcontraction alkalosisが原因である。検査結果を振り返ると、重炭酸塩が漸増(徐々に増加)しており、contraction alkalosis進行が現実味を増している(leading weight to)
さらに症例要約を洗練すると、「本例は糖尿病とうっ血性心不全を有し、嘔気、腹痛、非血性下痢等の評価目的に来院し、乳酸アシドーシスと急性尿細管壊死が認められ、過剰利尿を呈していた」と提示できる(Ⅲ)。
(本患者の病態の)臨床仮説として急性尿細管壊死+乳酸アシドーシスが正しければ、本患者に起こったことが説明可能であり、説明を試みるため患者の病歴に戻る。長期の腎低灌流と急性尿細管壊死を来す利尿剤治療を強化(escalating)した経過(timeline)は道理にかなう。セファロスポリン-セフトリアキソンが使用されたがこれには腎障害惹起の報告がある1,2(尿路結石形成による腎後性と記載)が、セフトリアキソンは、今回入院の最低9週間前に投与されたので、急性腎障害の説明にはならない。
新規薬が無関係の場合、以前の薬剤はどうであろうか?再検査や、利尿剤増量時の内服薬変更については不明である。①処方薬に対し腎機能による調整を必要とするのか?または②急性尿細管壊死や乳酸アシドーシスを惹起する毒性作用に関連しているのか?
アスピリン、アロプリノール、エノキサパリン、グリピジド、ロラタジン、メトホルミン等はすべて、これらの①、②の少なくとも1つを満たしている。これらの薬剤中、まずメトホルミンが乳酸アシドーシスの第一被疑薬候補となる(stands out immediately as the likely reason)ことが即座に考慮される
ウイルス性胃腸炎の同時発症というより、「メトホルミン毒性作用による乳酸アシドーシスにより嘔気、腹痛、下痢等」を説明できる可能性が高くなる。低灌流を特徴とするA型乳酸アシドーシスとは異なり、メトホルミンによるB型乳酸アシドーシスは、①乳酸産生増加と②肝糖新生阻害に起因する。胃腸症状に先行する腎機能障害の経過は、メトホルミン使用による毒性作用の発症と合致する。
最後の要約として次のように提案する。「本76歳女性患者は、糖尿病とうっ血性心不全の病歴を有し、嘔気、腹部痙攣、非血性下痢等の評価目的で来院し、利尿過多時に急性尿細管壊死が判明し、乳酸アシドーシスによる混合性AG代謝性アシドーシスも呈し、これらはメトホルミン毒性と合致する」(Ⅳ)
血中のメトホルミン測定で本仮説は検証可能であるが、ほとんどの場合不要であり、メトホルミン値の確認により治療を開始することはない。メトホルミンは2型糖尿病の管理に安全かつ効果的であると一般に考えられている。eGFR 30ml/分/1.73m2未満では禁忌であり、eGFRが30〜45ml/分/1.73m2では一般的に推奨されない。
治療中の患者では、リスクとeGFR 45ml/分/1.73m2未満の場合、治療継続による利点の再評価が必要となる。腎機能正常な2型糖尿病患者での乳酸アシドーシス発生率に比し、①治療を受けていた患者、②eGFRが30〜60 ml/分/1.73m2、③他のリスクを有する患者等では、乳酸アシドーシス発生は実質的には必ずしも大きくないためという理由も一部にあるため、注意深いメトホルミン使用が提唱されている4。
さらに、メトホルミン使用による乳酸アシドーシス関連死亡率は一般に時間経過で減少するとの報告もある5。しかしながら、これらガイドラインを個々の患者に適応する際には調整が重要であり、クレアチニンクリアランスの突然の変化リスクを考慮すると、当患者のような場合、メトホルミン使用は躊躇する。
最終的に、薬と毒の違い(を決めるの)は用量である。
臨床的印象
本76歳女性が、慢性腎疾患(CKD)に重複した急性腎障害(AKI)について相談しているのを私は知りました(もともとのCrは1.71 mg /dl)。患者は最近、積極的利尿剤治療を受けていた。FeNaの上昇(3.8%)を考慮して、AKIを内因性急性尿細管壊死と診断した。
また、①AG(増加型)代謝性アシドーシス(AG 29mmol/l)、②呼吸性アシドーシス(PaCO2、57 mm Hg)、③代謝性アルカローシスからなる三つの酸塩基平衡異常を有していた。AGの19mmol/l増加(10mmol/lから)と重炭酸6mmol/lのみの低下(28mmol/l→22mmol/l)等の酸塩基平衡異常から代謝性アルカローシス(③)と診断され、最近の利尿剤使用に起因するものと考慮された。
AG(増加型)代謝性アシドーシス(①)所見は興味深い。この状態は、一部は尿毒症酸蓄積を伴う急性尿細管壊死によるものであり、一部は乳酸アシドーシスによるものであった。ショックや低血圧がなく、A型ではなくB型の乳酸アシドーシスと結論付けた。急性腎不全も呈したことから考慮すると、原因はメトホルミン起因と推測された。メトホルミン値測定目的で採血したが、結果判明までは数日かかることは十分認識していた。
臨床診断:利尿剤使用による急性尿細管壊死を呈したメトホルミン毒性作用
診断テスト
治療薬のモニタリングにより、薬物血漿中濃度を治療濃度域内に用量調整可能であり、モニタリングにより、毒性作用のリスク低減と薬物有効性最大化が可能となる。 血漿メトホルミン値は、高速液体クロマトグラフィーと質量分析によって外注検査(referrence laboratory)で測定され、検出感度は0.1mg/l(以上)である。
入院2日目の血漿メトホルミン濃度は16mg/lと高値かつ乳酸アシドーシスであり、メトホルミン関連乳酸アシドーシスの診断と合致する。 メトホルミンは半世紀以上使用されている(1957年~:)が、血漿中濃度評価のための用量反応試験が不足しているため、治療範囲は未決定である。
2016年の文献レビューでは、65の「治療」血漿メトホルミン濃度や範囲が特定された。引用された最低値と最高値は、それぞれ0mg/lと1800 mg/lであり、大部分は0.1~4 mg/l間にあった6。メトホルミン関連乳酸アシドーシスは、「治療域」のメトホルミン濃度患者でも報告されているが、個々の患者には併存疾患が様々あるため、メトホルミン単独の乳酸アシドーシスに起因させることは困難である7。
外注検査室では、治療域が約1〜2 mg/lであり、乳酸アシドーシスは一般に5mg/lを以上で発生すると報告されている
検査診断 メトホルミン関連乳酸アシドーシス
マネージメントの議論
検討した次の重要な臨床的決定は、腎代替療法(RRT:renal replacement therapy)についてであった。AKIを考慮すると、緊急RRTの絶対的な理由はなかったが、一方で未治療のメトホルミン関連乳酸アシドーシスでは、死亡率が30〜50%に達する8。
メトホルミンは、タンパク結合(率)が最小限で(体液)分布量が大きい小分子8であるため、透析除去可能である。そこで、一時的血液透析カテーテルを留置し、RRTを進めた。
次のステップは、RRT法の決定であり、メトホルミン関連乳酸アシドーシス患者に血液透析を第一選択とした以前の報告(publication)9を参考にした。メトホルミンは、数時間の血液透析で簡単に除去可能であるが、血液透析単独ではメトホルミンの全除去は困難であり、蓄積メトホルミンが赤血球内に出現し、血液透析終了後に大きなリバウンドする可能性も明らかである。
したがって、本患者では、最初の4時間の血液透析(HD)と、それに続く48時間の持続的静脈静脈血液濾過(CVVHF)を施行した。RRT開始48時間後に測定されたメトホルミン値は、0.18mg/lであった。
重症B型乳酸アシドーシスの患者でのメトホルミンを除去治療法はHDが好ましいが、血行動態の不安定な患者ではHDが不可能な場合がある。この場合、CVVHF(持続的静脈血液濾過)やCVVHD(持続的静脈血液透析)など、血行動態への影響の少ない他のRRTが利用可能である8。このよう(CVVHFやCVVHDなど)な方法では、メトホルミン除去は緩徐であるが、救命は可能である。 メトホルミンは、2型糖尿病患者に対する有効な血糖コントロールのために臨床診療で広く使用されており、その使用は、eGFR 30ml/分/1.73m2までの低値まで(適応)拡大されている。このような患者(群)は、本患者と同様に、AKIを起こしやすく、eGFR低下を来し、メトホルミンの蓄積とそれに続くB型乳酸アシドーシス惹起の可能性が懸念される。
その後の経過
48時間の透析治療後、腎回復は顕著であった。入院経過は肺炎と尿路感染症合併により複雑化し、重症化の際、気管内挿管による短時間機械的人工呼吸が施行され、抗菌薬により回復した。その後、迅速に気管チューブ抜管と透析カテーテルを抜去した。メトホルミンは中止されたままであったが、その他の以前自宅での服用薬は最終的に再開となった。継続的ケア目的のリハビリセンターを無事に退院した。
最終診断 メトホルミン毒性作用による乳酸アシドーシス
はい、ということでメトホルミンの乳酸アシドーシスの解説しかありませんでした
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