2021年3月26日金曜日

昼カンファ 〜諦めたら診察終了です〜

 87歳 女性 主訴:食思不振(※一部症例は加筆・修正を加えています)


Profile:認知症が進行しており、会話はうまくできない。施設入所中


現病歴:来院の2ヶ月前から徐々に食事量低下

    他に変わった症状はなかった


    来院の2週間前から食事は3食のうち1食しか食べられなくなった

    食べても1/3の量程度

    ここ数日は水も飲めていない 


    来院10日前から発熱あり

    嘱託医より、セフゾンが3日分処方

    解熱得られず


    来院8日前に食思不振も続いているので来院

    バイタルは問題なし

    血液検査ではCRP4以外に目立った異常なし

    胸腹部CTでは少量胸水のみ 背側の肺は無気肺で潰れている

    腹部 便秘気味 目立った異常なし

    入院してもせん妄のリスクもあり、施設でお看とりの方針で帰宅


    その後はすぐに解熱得られたが、食事は取れず

    食事も水分もとれない状態が続いた

    嘱託医より、補液目的に再度紹介となった


    輸液で改善するかみて欲しいとの依頼

    改善しなければ、施設で看取るので戻してくださいとのこと


既往:腰部脊柱管症、認知症、慢性心不全、高血圧、便秘

内服:アムロジピン、フロセミド、スピロノラクトン、アリセプト、酸化Mg

   →ここ1週間は内服もできていない

生活:施設入所中、もともと伝い歩きだったが、食事量が減ってからは寝たきり


バイタル BP 150/100, P 90 reg, SPO2  96% , RR20 , T 36.8

見た目 横向きに寝ている 眉間に皺が寄っている

意識 見当識障害あり、指示はいらず

触ると全身痛がる

「痛い痛い」と

粗大な麻痺はなし

口腔内 乾燥目立つ 残歯は汚い

頸部LN触れず

心雑音なし 呼吸音 清

四肢 浮腫なし 関節 腫脹なし

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ディスカッション①どう対応しますか?


W「はい、ありがとうございます。

  ではみなさんどう対応しますか?」


N「やっぱり高齢者が具合が悪くなった場合は、

 薬が悪さをしていることが多いので、薬の関与を考えたいです。」


W「大事だね。

 この人はどうかはわからないけど、

 一般的に薬が原因で食事が取れないというのは多いよね。


 今回はすでに薬は飲んでいないみたいだけどね。」


N「そうですね・・・じゃあ、違いますね・・・」


R「自分はやっぱり、高齢者でよくある感染症を考えたいです。

  少し前にセフゾンを内服されているので、感染性心内膜炎は考えます。

  血液培養は必ず取りたいです。塞栓徴候はありましたか?」


T「ありませんでした。」


N「関節は他動的に動かしたり、自動的に動かすとどうでしたか?」


T「じゃあ、診察してみてください。

  自分が患者さん役になりますので。」

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追加診察

腹部 どこを押しても痛がる

「痛い痛い」


上肢を動かそうとすると、嫌がる 

時折、痛がる


肩を挙上させると、嫌がる

時折、痛がる


首は硬くない 

回旋運動で痛み誘発されず


下肢 膝触ると痛がる 腫脹や熱感はなし


N「熱感や腫脹はないですね・・・」


T「熱感までは再現できませんよ。笑」


N「よくわかりません・・・」


T「最初みてくれた研修医の先生も全身痛がって、よくわかりません・・・

 という感じで、諦めていました。

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ディスカッション②全身痛がる人をみたらどうするか?


R「病歴に戻っていいですか?

 痛がるのはいつからですか?いつも痛がるのですか?」


T「大事ですね。

  施設の人に電話で聞いたところ、半年前くらいからどこ触っても痛がっていたようです。

  特にお風呂とかで、お腹のお肉のところを触ると痛がっていたようです。」


R「うーん・・・今回のような痛がり方も同じなのですか?

  食事とかで痛みが出ますか?」


T「そうですね、ここ数日は痛みの訴えも多かったようです。

  触らなければ、痛がらないのですが、オムツ交換とか移動で痛みが出るみたいです。

  食事はそもそも食べていないので、食事で痛くなるかはよくわかりません。


  全身を痛がる人の診察はコツがあります。

  ブログ読みました?」


N「読んでません。笑」


T「今、調べていいよ。」


W「検索しにくいんだよね、ブログ・・・」


N「Ever noteに貼るのがおすすめです。」


T「すいません・・・・」











T「こういった全身を触ると痛がる人の診察にはコツがあります。

  

  まず大事にしていることは、痛みがない部分があるかということです。


  痛みがない場所を見つけることが大事です。


  そうすると、上肢や首、胸を触ったり、押しても痛みの訴えはありませんでした。

  再現性を確認することが大事で、何度も触ることが大事です。

  何度も触って、再現性があることもわかりました。

  

  そして、両側の大腿部〜下肢を触ると痛がりました。

  お腹も痛がりました。これも再現性がありました。


  本当にどこを触っても痛がる人の場合は、診断はとても難しいです。

  ですが、今回のように痛みがない場所がある人の場合は、

  丁寧に診察すれば、診察はちゃんとできます。


  痛みがある場所を見つけたら、

  次に、痛みが出る条件を探します。

  

  触っただけで痛みが出るのか、

   動かすと痛みが出るのか、

   押すと痛みが出るのか、

   叩くと痛みが出るのか・・・


     そうすると、大腿部から下肢にかけては、触っただけで痛みが誘発されました。

  押しても痛がりますが、あまり痛みは誘発されませんでした。


  お腹も触っただけでも痛みは誘発されました。

  押すとさらに痛みが誘発されました。


  最後に痛みの強さの比較が重要です

  

  場所の比較:大腿と腹部の比較、左右の比較、

       胸と腹部の比較

  時間の比較:ずっと触ってどうなるか

  誘発の比較:触る、押す、動かす、叩く

 

 痛がる部位と条件が分かれば、どこが最も痛いかを探します

 

 均等に痛がるようなら、全身的な問題(PMR、低K、甲状腺機能低下、薬剤、副腎不全など)を考え、

 不均等に痛がるようなら、局所的な問題(骨折、炎症など)を考えます

 

 痛みの強さは

 声だけ「痛い痛い」というのか

 表情が変わって、明らかに苦悶様か

 手が出てくるほど、嫌がるかどうか で見極めます。


 この方は足とお腹を触ると圧倒的にお腹を痛がりました。


 足は最初の数秒は触っていると、痛がりましたが、

 ずーっと触っていると、痛みの訴えは消えました。

 途中で押したりしても痛みの訴えはありませんでした。


 ですが、お腹は押している間中、ずーっと痛がりました。


 右と左の腹部を押すと、右で痛み方が強かったです。

 

 丁寧に診察をすると、全身痛がる人ではなく、

 腹部全体に痛みがある人になりました。

 足の痛みと腹部の痛みは別問題ということがわかりました。


 そうすると、鑑別も変わってきますよね。

 この方の診断は病歴と診察でほぼ決まります。


 患者さんが認知症でコミュニケーションとれないからといって、

 諦めてはいけません。諦めたら診察終了です。」


W「そうですか〜

  他に聞きたいことや診断何かわかる人いますか?」


N「腸閉塞でしょうか?

  蠕動音はどうでした?」


T「普通でした。

  ではヒントを出していきますね。血液検査とCTを出します。


  血液検査ではCRP10まで上がっていました。

  WBCも上昇していました。あとは脱水で腎機能が悪くなっていました。

  肝胆道系酵素は上昇していませんでした。


  CTでは頭部には何もなかったです

  胸部にはわずかに肺炎像がありましたが、ごく軽度でした。

  胸水は少し減っていました。

  腹部では、結腸全体に軽度の壁肥厚がありました。

  前回のCTでは便秘でしたが、便が全てなくなっていました。」

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診断は?

 

T「診断はなんでしょうか?」


聴衆・・・・


T「実は、この方の病歴でもう少し聞いて欲しかったことがあります。


  抗生剤が数日入った経緯があったので、施設の人に追加で聞いてみました。


  下痢はありませんでしたか?


  そうすると、ここ数日は下痢が頻回でオムツの交換が大変だったとのことでした。

  

  この下痢のエピソードと腹部の痛がり方と、

  炎症反応とCTの結果をみて、CDIだと確信しました。

  

  オムツをずらすと、案の定、泥状の便があったので、

  自分でそれをすくってCDの検査を提出しました。

  提出後、すぐにアネメトロ®︎の点滴を開始しました。

  

  その後、CDトキシン・抗原陽性という報告を受けました。


  入院後はアネメトロ®︎投与して、下痢は改善し腹痛も改善傾向です。

  CRPも下がりました。


  ただ食事は相変わらずとれていないので、

  食事摂取不良や大腿部痛に関しては、違う原因があるのだと思っています。

  おそらく認知症がかなり進行していることによる食事摂取不良や

  腰部脊柱管狭窄症に伴う下肢痛だと思います。

 

  残念ながら、こちらはtreatbleではない気がしています。」


W「なるほど〜

  ありがとうございます。

  確かにCD腸炎は治せるから、見逃したくはないですね。


  食思不振はよく消化管以外から考えようとは言うけれど、

  やっぱり消化管のトラブルのことも多いよね。

  

  今回はそれ以外にも嘔吐とかの病歴も聞けなかったので、

  消化器症状のROSはしっかり聞くべきでしたね。」



N「CD腸炎かぁ・・・それは鑑別で言えたなあ・・・」



T「そうですね。全員知っている病気ですよね。

   

  ただ、この人はいろんな目眩しがありました。

 

  ・点滴だけしてほしいという紹介

  ・看取りが近い

  ・認知症でうまく病歴や所見がとれない

  ・数日前にフルワークアップがされている

  ・全身をもともと痛がる(慢性経過?)

  ・最近食べられていない(亜急性経過?)


  ですが、

  

  抗生剤が数日前に入った後に下痢が出現して、

  食事がとれず、お腹を痛がっている


  と聞けば、誰もがCD腸炎を想定できたと思います。」


W「そうだね、最初の方に薬は大事だよ〜っていったのに、

  今飲んでいる薬だけではなくて、少し前に入った薬も大事だね。


  いつも心に薬と結核とCD腸炎ですね。」



T「実臨床はCDのような綺麗に出来上がった音楽を聞いて、

  何の歌かを当てるゲームではありません。

       これは国試です。



  臨床推論は人混みの中の雑音に混じったかすかな声を聞き分けて、

  答えにたどり着く非常にむずかしい作業です。

  

  地下鉄の駅を歩くと、いろんな音が聞こえてきます。

  同じように病歴をとればとるほど情報は増えますが、雑音かもしれません。


  何が雑音で、何が重要か・・・

  ここが実はAI診断の苦手なところです。

  

  臨床で一番むずかしいのは、

   何が雑音で、何が真の音かを見極める作業です。

 

  改めてそのことに気がついた非常に教訓的な症例でした。ありがとうございました。」


まとめ

・全身を痛がる人の診察にはコツがある

→痛がらない部位を探す、痛がる条件を探す、痛みの強さを比較する


・高齢者が具合悪くてやってきた時は、まず薬が原因でないかを疑う

→入院中はCDIを想起しやすいが、外来ではCDIを想起しにくい


・実臨床の病歴は雑音だらけ

→雑音の中で本当の答えにたどり着く音を聞き分ける力が診断力

 

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