何でもありじゃないか、と思うことはしばしばあります
そんな症例です
ですが、諦めて思考停止になるのではなく、考え続けることが重要です
高齢者の診療は難しいということを自覚することが、高齢者診療が上達するための第一歩です
高齢者診療にはヒントやコツがありますので、
症例を通じて学んでいきましょう
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95歳 男性 主訴:便秘?(※症例は一部加筆修正を加えてあります)
問診票:先週まで大腿骨転子部骨折で入院
その後、排便なく経過し、本日受診
状況:救急のwalk in
バイタル:BP106/85, P 76 reg, RR24 , SPO2 100%, T 36.0度、意識 JCS1
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ディスカッション①問診票を見て、何を考える?
T「さあ、こんな問診票だったら、みんなはどう考える?」
学「高齢なので大腸癌が原因で、器質的に閉塞していないかが心配です。
腸閉塞の可能性があるので、排ガスや排便の有無を確認したいです。」
T「なるほど」
学「薬が原因で便が出ないことも多いので、薬が気になります。
骨粗鬆症が背景にありそうなので、活性型VDが処方されていれば、
高カルシウム血症になって、便秘になっても良いかと思いました。」
T「すごいね! 笑。その通り!
高齢者診療のコツは、薬が原因でないかと疑うことだね。
高齢者が具合が悪くなって外来に来た時は、すぐに薬を確認した方がいいです。
病気の鑑別をあげる前に、薬が原因でないかと考える癖をつけましょう。」
学「他には、痛み止めで弱オピオイドとかも処方されていれば、
便秘になるかなと思いました。」
T「その通り、トラマドールとかよく出されているからね。
物理的に腸が閉塞していたら、腸閉塞といいます。
物理的な閉塞起点がなくて、薬で腸が動かなければ、イレウスといいます。
じゃあ、みんなは腸閉塞や薬が原因じゃないかと疑っているわけだね。いいね。
でも、もう一つこの状況で考えないといけないことがあるんだけど、どう?」
O「膀胱直腸障害の有無を確認したいです。
問診で尿がしっかり出ているかどうかや、
身体所見で直腸診をして、膀胱直腸障害の有無を確認したいです。」
T「素晴らしい!
この人は多分、転んで骨折しているよね。
ということは、他の部分も骨折しているかもしれない。
最初は転子部骨折の部位が目立ってしまって、
骨盤骨折や胸腰椎圧迫骨折が見落とされている可能性もある。
実は脊椎の破裂骨折で脊髄を圧迫して、膀胱直腸障害が出てきているのが、
一番嫌なストーリーだね。
ということで、この患者さんには、これまでの画像やカルテがある。
その歴史を紐解くことから始めよう。
高齢者診療のコツは、いきなり診察を始めないということ。
いきなり診察するということは、
ヒントなしで、激ムズ問題を解くようなもの。
過去のカルテや画像をみておくというのは、診断のヒントになります。
ただ、カルテをじっくり何分も見なさいというわけではありません。
せめて、既往、内服薬、ADL、直近の血液検査、CT検査だけでもさらっと目を通します。
特にCT画像があれば、今回の主訴に関係なさそうでも、
頭部、胸腹部は全てザーッとみてしまいます。
頭の萎縮が強ければ、認知症がありそうだな・・・とか、
前から便秘あるな・・・とか、かなりの情報がわかります。」
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診察前にカルテチェック
T「処方にはいろいろツッコミどころがありますね・・・
・NSAIDsが入っているのに、PPIが入っていない
・β遮断とβ刺激が入っている
・カルシウム拮抗薬で便秘の副作用
いわゆるポリファーマシー状態です
薬が原因でも不思議ではありませんね
T「現病歴をとると、問診票にはなかったことがたくさん出てました
せん妄?状態で幻視がずっとあったようです
当日は息苦しさや痛みを訴えていたようですが、
どこかが明確に痛いということではなかったようです」
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ディスカッション②どのカテゴリーで考える?
T「便秘というか、他にもいろいろな症状があるね。笑
どのカテゴリーに入れて、鑑別を進めていきましょうか?」
学「何だか、いろいろな症状があってよくわかりません・・・」
T「そうだね。まず、せん妄って施設の人は思っていたみたいだけど、
そのまません妄として考えていいかな?」
学「幻視があるので、良いかなと思いました。
幻視の程度にもよりますかね・・・」
T「そうだね、幻視は実はどっちでもいいんだ。
まずは、せん妄という言葉の定義からおさらいしよう。
せん妄というのは、
急性に発症する意識・注意・知覚の障害で、
かつ日内変動を示す精神症候群です。
つまり、意識障害や変容、注意障害や記憶障害があるんだけど、
いつも通りの状態に戻ったり、変動があるのが重要です。
なので、施設ではずーっと幻視があっていつもと違う状況だったのか、
それとも、たまには普通に会話できたりすることもあったのかを聞かないといけない。
この患者さんを「せん妄」というカテゴリーで考えるか、
「意識障害」というカテゴリーで考えるかを決める作業です。」
Y「施設では、ずーっといつもと様子がおかしくて、普通の状況はなかったようです。
もともと入院するまでは認知症もなく、元気な方でした。」
T「ということは、せん妄で考えてはいけないね。
意識障害として考えるべきかな。
高齢者診療では病歴が詳細に取れず、
ブラックボックスの時間が多いというのが特徴です。
自ずと、診察が重要になってきます。
では身体所見をとっていきましょう。」
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身体所見
T「身体所見では、眼球結膜や体に黄染がありました。
黄染には、施設職員さんも1日前くらいから気がついていたようですね。
意識障害というカテゴリーで考えれば、肝性脳症も鑑別に入ります。
黄疸があるのであれば、かなり疑いたくなりますね。
羽ばたき振戦は、みておいてもよかったですね。
羽ばたき振戦は意外に知られていませんが、negative ミオクローヌスです。
(※専門家に言わせると諸説あり)
両手を前に突き出し、手関節を背屈してもらいます。
その時に、力が一瞬抜けてしまいます。
ポイントは左右非対称であるということと、
ある程度、指示が入らないとできない、ということです。
これを知っていれば、手関節の背屈以外の診察でも応用がききます。」
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ディスカッション③さて、鑑別と次のプランを考えましょう
T「皆様、素晴らしいですね。
黄疸が明らかにあるのであれば、肝性脳症の可能性が高く、
血液検査や画像検査が必要ですよね。
熱はなくても、意識障害でくる感染症はよくあります。
この状況では胆管炎の可能性もあり、血液培養をとることも大事ですね。
あとは、黄疸に飛びつきたくなりますが、
高齢者でよくあるCSDHも忘れないところが素晴らしいですね。
高齢者診療のコツは、オッカムよりもヒッカムです。
ある一つの異常に飛びつくと、他の異常を見落とす可能性があります。
一つ異常を見つけても他の鑑別疾患の可能性が、それほど下がらないのがポイントです。
つまり、胆管炎+CSDH(慢性硬膜下血腫)の可能性は十分あるので、
胆管炎があるからといって、頭部CTを撮らなくていいというわけではありません。
実際はどう動きましたか?」
T「何と!解離ですか・・・
それは、きついです。
高齢者の具合が悪いは、本当に何でもありですね。
何でもありだからこそ、致死的な疾患をとりあえず、除外することが救急では大事ですね。」
参考:超高齢者の意識障害
Y「自分は黄疸や肝巧打痛があると思って、閉塞性の胆管炎を疑ってCTをみましたが、
肝内胆管の拡張はなくて、原因がよくわからないなあ、と思っていました。
そしたら、上級医の先生が上行大動脈が新たに裂けていることに気がついてくれました。
もともと腹部しかCTは撮っていなかったのですが、
ギリギリで一番上に写っていました。」
T「あー、それはRadiologist ringだね。」
Y「Radiologist ring?」
T「高齢者診療では、病歴があてにならず、
診察や検査が重要になってくることが多いです。
今回のように、画像検査で診断がつくこともよくありますので、
しっかりCTを読影できるようにならなくてはいけません。
自分の中で読影の見逃しが劇的に減った魔法の言葉があります。
それが、Radiologist ringです。
画像を撮るときは、みたいものがあります。
みたいものが中心にあって、それ以外はあまり見えていません。
見逃すときは、注意してみた部分ではなく、
注意を傾けることができなかった、思考の外側に原因があることが多いです。
そして、それは画像の辺縁(端っこ)にあることが多く、Radiologist ringと呼ばれています。
例えば、今回のように腹部CTでたまたま写った上行大動脈解離や、
精巣捻転で捻転して、傾いている陰嚢
原因不明の腹痛になることがある硬膜外血腫や膿瘍
いずれも辺縁ですね。
自分はこの言葉を放射線科のDrから教えてもらって、とても感銘を受けました。
以来、画像を読むときは、Radiologist ringを強く意識して読影するようになり、読影力が飛躍的に上がった気がします
心構えだけで、こんなに見逃しが減るんですね
まとめ
・高齢者診療はいつも通りのアプローチが通じにくい
→高齢者診療は難しく、ヒントやコツがあることを知る
・ヒントは歴史に聞くこと
→いきなり診察するのではなく、カルテや画像をチェックしてから診察を始める
・コツ①薬が原因のことが多い、②病歴よりも診察や検査が大事になることが多い、③一つの原因ではなく、複数の原因が存在することがある
→画像を撮らざるを得ないことが多いが、撮るならしっかり読影する
Radiologist ringを意識しながら読む
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